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広報誌『学』

ena小学部

PICKUP 対談



河端真一 × 山口真由× 三浦瑠麗

enaは塾の中の「塾」
子どもたちに勉強以外のことも教える

河端まずは 、enaの経営体制強化のためにカを貸していただくことになったお二人を、あらためてご紹介します。今年6月から社外取締役に就任いただいている山口真由さん、そして今年9月から特別顧問に就任いただいた三浦瑠麗さんです。どうぞ、よろしくお願いします。

山口 三浦よろしくお願いいたします。

河端enaでは早い段階から社外取締役制度を導入して、指名委員会等設置会社に移行していますが、これまではどうしても男性の役員が多くバランスが偏りがちでした。そこでこの度、多彩な経歴を持ちつつ、メディアを通じて社会にも広く発言、提言されているお二人をお招きし、女性の視点からの有益なご意見を頂戴することにいたしました。我が社のさらなるレベルアップにつなげたいと考えております。

山口NY州弁護士資格を持ちつつ、「家族法」を専門に研究しています。教育と家族とは切っても切れない関係だと思いますので、そういった観点から少しでもお力になれればと考えています。

三浦教育者としての、そして国際的な観点に加えて、10歳の子どもを持つ母親の視点も生かせればと思います。よろしくお願いします。

河端さて、少しenaについてお話ししておきます。近年は予備校型の学習塾が増えました。決められた時間から時間できっちり教えて、いわば知識の切り売りをしているスタイルの塾です。enaの指導はこれらの塾とは全く異なります。もちろん授業時間もカリキュラムも決まっていますが、生徒には「校舎に毎日来なさい」と言っています。それは入試当日の最後の最後まで面倒を見ますという覚悟の思いであるとともに、授業以外にも大事なことがたくさんあり、そういったこともしっかり指導したいと考えているからです。

山口学習塾で勉強以外にも教えることがあるのですか。

河端私が大学1年生のときに生徒5人で塾を立ち上げてから、ちょうど来年で50周年を迎えます。もちろん生徒の成績を上げる、志望校に合格させることが一義的に大切であることは論をまちません。しかし、それと同様に礼儀礼節や人とのかかわりなど、子どもたちに教えたいことは山ほどあります。さらには力足らずではあっても、家庭の諸問題についても何かしら解決することを夢見てきました。昔は夫婦げんかを仲裁した経験もありますが、そういう授業以外の部分でも力になりたいとの思いが強かったのです。それが今回、新型コロナウイルスのワクチン接種にいち早く取り組んだことにもつながっています。お二人は学習塾にどういうイメージをお持ちですか。

山口私は塾の役割は3つあると思います。「勉強の習慣づくり」「親がやるべきことの相対化」「学校以外のコミュニティの形成」です。私自身が勉強するうえで一番大切にしていたのが、勉強を習慣づけることでした。規則正しく勉強をすることで集中力も向上するので、塾に通うことは勉強の習慣づくりにつながるのではないでしょうか。また、最近の親子関係は距離がとても近くて良い部分もあるのですが、「お母さん、あれ取って」「塾のファイルを作って」など、子どもが親に甘えすぎる部分が少し気になります。塾が第三者的に間に入ることで、子どもには子どもの規律があることを教え、親子のバランスを保てると思うのです。そして学校こそがすべてである子どものコミュニティを広げることも大きな役割になります。社会では当たり前のことですが、子どものうちから自分が複数の世界に所属していることに気づく経験は大きな意義があるはずです。

三浦実は私自身は、ほとんど塾通いをした経験がないので、学習塾に対するリアルなイメージは持ち合わせていません。学校以外の学習と言えば、とにかく本ばかり読んでいましたから。ただ、昔、友だちが書道教室に熱心に通っていて、その理由を聞いたとき、すごく先生のことが好きで、習字だけでなく礼儀作法なども教わることで、先生の存在が「心の支え」になっていると話していたのを覚えています。また私の妹もバレエ教室に通っていたのですが、やはり同じようなことを言っていたのです。何かしら厳しい鍛錬を伴う習い事には、日本の文化としての人格教育が備わっているのかもしれません。enaも授業だけではないとのお話もありましたが、単に受験をパスすることだけが教育の目的になってしまうと、人格的な部分に欠落が生じるのではないでしょうか。そういう意味でも私は、たとえ受験生であっても母親にモノを取らせるなんて言語道断だと思っています(笑)。

大学の成績が連動しない日本企業の採用の不思議

河端私どもの仕事は、「生徒の実情」と「保護者の本音」に根ざしています。具体的にそれらがどこで合致するかと言えば、子どもが将来、経済的自立をできるかというレベルの話になるのです。今の世の中、大学を出ようが出まいが、社会に出たときに正社員になれないと結婚もできず、子どもももうけられず、つまりは自立できません。そうなることを保護者の方は一番恐れています。

三浦そのためには、やはり勉強するしかないですよね。

河端その通りです。社会に出たときに最低限、親離れができるだけの基礎的学力をつけていなければ身動きがとれません。それには勉強しかないのです。ところが我々が一番心配しているのが、「頑張って勉強することの正しさ」を学校が伝えなくなったことです。例えば「ガリ勉」と聞くと、最近は少しマイナスのイメージで捉えられますよね。でもガリガリと一心不乱に勉強するのは大切なことであるはずなのです。

山口日本の社会は、教育を必ずしも評価しない部分があると思います。例えば大学までの学問と企業の採用とが全く連動していない点です。これは私の実体験ですが、私は大学時代に勉強を頑張って、それなりの成績を取りました。海外の会社であれば採用時にその成績が評価につながりますが、私が日本企業の面接で衝撃的だったのは「ガリ勉だったんだね」と言われたこと。学生の本分は学業のはずなのに、「何のサークルに入っていたの?」「どんなネットワーキングしたの?」と質問された挙句、「え、勉強だけしていたの?」と驚かれるのです。すごく問題じゃないでしょうか。

河端日本の教育というより、社会全体の問題ですね。

三浦私は今、ネットの高校として知られるN高・S高の政治部で特別講師をしていますが、オンライン中心なので、従来の授業の形式とは大きく違います。コロナ禍でますますオンライン教育やIT、プログラミングなど先端的な教育が脚光を浴びていますが 、時代が変わっても不変なのは、国語と数学の重要性です。国語や数学の学びは読解力や論理的思考 、類推する力を育てます。社会や理科を学ぶにも国語と数学の能力が欠かせないわけです。また最近は自分の言葉で伝えるディベートカが注目されています。例えば英国のジョンソン首相はとてもアグレッシブなディベート能力を持っていますが、彼がギリシャやローマの古典を暗記するほど読み込んでいることや、シェークスピア作品をそらんじることができることは、あまり知られていません。どれだけ知識をインプットすることが大切か、基礎的な学びが大切かだと思います。

河端基礎基本の学びが軽視されていることは、日本社会の大問題です。今、最も重要な教育の目標は何かと言えば、社会に出て漢字が書けない、計算を間違える、英単語がわからないといった人たちをなくすことだと言えます。

山口三浦瑠麗そこからですか。

河端そう。そこからなのです。学校教育では、授業を理解できていない生徒がいても立ち止まらずにカリキュラム通りにどんどん進めていきます。そこで取り残されて漢字、計算、英単語を間違うような子どもは当然受験にも合格しません。そうした子どもたちを我々学習塾が面倒を見ているのが現代社会の構造です。教育は社会の鏡。社会が金権主義だと教育も金権主義になっていきます。教育を立て直すには、まず社会を立て直さないといけません。だからせめて我々は、国語の漢字、算数の計算、英語の単語だけはしっかりできる生徒を育てようと取り組んでいるのです。

河端学院長の㊙授業テクニックとは?

河端極端な話をすれば、東大に合格するには英単語を1500個以上覚えればいいのです。ところが学校ではそれを言わずに、過去問や新傾向の問題にばかり取り組ませようとしがちです。英単語を覚えていないのに長文読解に挑むなんて無謀としか言えません。ちなみに高3の夏前の段階では、結果的に東大に合格するような優秀な生徒でも、英単語を1500個以上覚えている人はそう多くないと思います。最近の子どもは地道で作業的なことを嫌がる傾向にありますが、そこを鞭打ってやらせることで成績を上げているのが学習塾というわけです。

山口でも、子どもたちにやる気を出させるにはどうするのですか。

河端そこが学習塾の教師の腕の見せ所です。まずは教師が生徒たちからどれだけ信頼されているかが問題です。「この人の言うことは絶対だ」と生徒との信頼関係を築くことができれば、生徒のやる気を引き出すことは難しいことではありません。ひとつ私のテクニックを披露しますと、以前大学受験を目指す100名以上の高校生クラスを教えていた頃の話ですが、クラスで一番優秀な生徒に対し、みんなの前でわざと厳しい言葉を投げかけるのです。

山口それは効果がありそう。

河端山口真由 もちろんその生徒の性格も把握し、返ってくる反応も確信を持ったうえで行うわけです。成績の良い子は大抵家庭で大切にされていますから、厳しい言葉に免疫がありません。ただ意識が高いので、きつい言葉に落ち込むよりも、目が覚めるというのか、何かに気づいてくれるケースが多いのです。そしてクラスのトップがきつい言葉を浴びているのを見て、周りの生徒たちの気も引き締まるわけです。

三浦完璧に計算されているのですね。

河端ちなみに厳しい言葉を浴びた生徒の多くは、卒業時の合格体験記に「あのときの河端先生の一言で…」と書いてくれます。

三浦山口さん、はまりそうじゃないですか(笑)。

山口まず自分の土台をひっくり返されて、ウワ~ッとなって、それでもさらに頑張って、最終的に合格して。私も絶対に合格体験記を書くタイプです(笑)。

河端昔はそういう琴線に触れるような発言をする学校の先生も多くいたのですが。

山口時代も変わって、今は学校の先生もリスクを考えるのかもしれませんね。厳しい言葉を言って、もし間違って伝わったりするとすぐに問題になってしまいますから。

親の思いを子どもに伝えることが大切

三浦人間は「型」から入って学ぶ部分もあると思います。例えば、生まれながらに思いやりのある子はいません。敗者の気持ちを知って、その積み重ねで同情心が芽生えて人にやさしくなれます。そういう経験のない子には、まず同情という「型」を教えないといけません。子どもは促されて「おもちゃを貸してあげる」と言いながら、なかなか手を離せないことってありますよね。そこはやせ我慢して貸してあげる訓練なんです。私はよく子どもに「キミの気持ちなんて聞いていない」と言います。日本でも最近はアメリカの影響か「あなたの気持ちを大切にしましょう」という教育が主流になってきました。でも「あなたの気持ちなんて基本関係ない」と言うべき場面は確実に存在します。人に対する礼儀や共感、ぐっとこらえてやせ我慢をすべきときなどがそうですね。

山口それは面白い考え方ですね。「家族法」の研究でも、今の日本の家族の在り方は、アメリカの制度をアメリカ以上に取り入れているものの、その背景にある文化的な土壌は共通ではないので、日本の風土と混同する中で、いびつな形になっていると言われています。先程も言いましたが、家族が友だちのような関係性になったため、特に母親が、悪いことをした子どもに注意することが難しくなり、父親に相談して叱ってもらうケースが増えているようです。

河端50年にわたって受験生の保護者とずっと話をしてきて思うのは、親の気持ちを子どもに伝えることの大切さです。子どもはまだまだ未熟で成熟した存在ではないので、しっかり背中を押してあげないと頑張ることができません。でも、子どもは親の気持ちが通じたときにすごい力を発揮して頑張れることは確かです。その気持ちを伝えるきっかけは何でもいいのです。ある子どもに聞いた話を紹介しますと、父母ともに勉強ができる人ではなかったのですが 、自分たちができることを考えて、子どもの受験のためにあちこちの学校を回ってパンフレットをたくさん集めてくれたそうです。そのパンフレットを見て、彼は「頑張ろう」とスイッチが入ったと言います。子どものやる気は何がきっかけになるかわかりません。ただいろいろな情報を集めて、自分なりに応用して子どもに気持ちをぶつけてみるのも必要だと思います。

多様化する社会の中で子どもたちの未来は?

三浦「末は博士か大臣か」という言葉があります。以前は立身出世の象徴でしたが、今の子どもたちに言ってもピンと来ないでしょうね。自分の子どもに将来はノーベル賞を取ってほしいと親が言うのも何かはばかられる風潮がある。価値相対主義というのか、自由は与えられたものの、子どもたちに将来の夢を持たせることが難しい時代だと感じます。

河端今の子どもに将来なりたい職業を聞くと「芸能人」「YouTuber」などの答えが返って来ます。理由を聞くと「人からチヤホヤされたいから」と言うのです。日々の生活の中で、それらの職業が華やかできらめいて見えるのは、家庭での愛情が少し足りていないのかもしれません。

山口私は小さい頃に父親から、世の中には2つのやり方でしか身を立てることはできないと言われました。それは「誰もやりたくないことをやるか」「他の人ができないことをやるか」です。父は医者で、資格が必要なため誰もができる仕事ではない後者でした。昔は博士や大臣もそういう仕事のひとつだったのでしょうが、大臣はともかく、博士の評価は現代では少し落ちてしまったかもしれません。

河端それは博士側、言わば大学院側にも問題があるのではないでしょうか。昔は大学での成績が一番良い人たちが修士や博士を取るために大学院に進みましたが、最近は大学を卒業してもやりたいことがなく、社会へ出るための猶予期間がほしいから大学院に進学する人も結構います。

三浦大学院に残る人が必ずしも最優秀とは限らないというのはおっしゃる通りです。ただ、経営者も、幅広い教養のある人がカッコ良いという風潮が最近は少し変わってきたように感じます。ハウツー的なものの方が受けるようになった印象です。何のために勉強するのか、何が大事だから頑張るのか、世の中全体が、学ぶことに対する意義を見失ってきたような気がします。お金さえ稼げればいいのか、権力を持てればいいのか、そのあたりもあやふやです。

山口河端真一お金を稼ぐことが正義だという統一的なものも日本にはありません。アメリカであれば「お金こそが正義だ」と、高らかに言えるのかもしれませんが。そこは何となく日本の伝統で、元々武士と商人で、いわゆる権力と富の分属という歴史的にあまり例を見ない体制のまま流れてきたところに、ある種の拝金主義的なものまで入ってきてしまいました。社会が多様化していると言いつつも、何が正義かという統一が何もない状況にあります。

河端大学院の劣化は確かですが、経済界も劣化しているという話もあり、結局は日本全体が劣化しているのかもしれません。

山口学問によってそれを切り開いていけるという自信を子どもたちに持ってもらいたいものです。明治維新のときの日本の輝きはすごかったと思いますし、またあのときのような輝きを日本に取り戻してもらいたいと思います。

教育分野の起爆剤はまさかの規制緩和?

三浦日本でもコミュニケーターは、昔より多く育っていて、最近の子どもはプレゼン能力も高まっていると感じます。理系の分野で活躍している女性も、コミュニケーターとして頑張っている人が多い印象です。ただ子どもたちが「あの人みたいになりたい」と思えるロールモデルになれる人材が、日本にもう少しいればいいと思います。

山口今の日本のキーワードは「グローバル人材」だと言われますが、そこにある種、日本の衰退を感じています。「グローバル」を目指している時点で、既に世界中の流れから取り残されていることを暗に認めてしまっているわけです。

河端そういう意味では、アメリカ人は「アメリカ」と「世界」は同義だと考えているのかもしれませんね。

山口そうですね。国会議員の1/3はパスポートを持っていないという国ですから。

河端良くも悪くも日本ならではの文化やルールが昔から存在します。実業界は実力主義だと言われますが、実際はそんなことはありません。例えば大手の電機メーカーは、昔から蛍光灯を1本5000円単位で公共事業に売っていて、その見返りとして天下りを受け入れていた歴史があるのです。しかもそうした会社が今も健在であることを考えると、自由主義的な構造で弱肉強食のアメリカ企業と競争しても勝ち目はありません。ましてやGAFAのような企業は、ますます日本からは生まれないと思ってしまいます。

三浦打開策は難しそうですね。

河端教育も社会も規制緩和しかないのではないでしょうか。例えば学校教育をドンドン煽って、それこそ「ガリ勉」ばかりを育てる学校があってもいいですし、野球で甲子園を目指すことを主目的とする学校があってもいい。ある程度、自由化させないと何も変わりません。あの大谷翔平くんも、本当は日本のプロ野球には最初から行く気がなかったそうですし、スポーツだけではなく自由競争にさえすれば、日本人でもいろいろな分野で芽が出る人がいると思います。

三浦そうですね。競争を生き抜くことで鍛えられることがあります。個人だけでなく会社経営もそうですし、社会全体も同じかもしれません。

河端河端真一 × 山口真由× 三浦瑠麗おっしゃる通りです。特に経営や教育は結果が見えるので厳しいです。

山口私が財務省に入って言われたのが「世界にひとつだけの花は困る」ということでした。

河端それはチームワークということでしょうね。

山口「ここではいろいろな競争をしていく中で同じゴールを目指さないといけない。それぞれに美しく咲くという多様性は必要ない、忘れてください」ということでした。

河端今日は楽しいお話をありがとうございました。これからよろしくお願いします。

山口 三浦よろしくお願いいたします。

(鼎談日2021年8月31日)

山口 真由(やまぐち まゆ)

1983年北海道札幌市生まれ。2002年東京大学教養学部文科一類(法学部)入学、3年次に司法試験合格。2006年財務省に入省し、主税局に配属。2008年に依願退官後、法律事務所勤務を経て、2015年から2016年までハーバード大学ロースクールに留学。2017年ニューヨーク州弁護士登録。帰国後、東京大学大学院博士課程法学政治学研究科 総合法政専攻に在籍、2020年修了。博士(法学)。現在は信州大学先鋭領域融合研究群社会基盤研究所 特任教授、情報番組のコメンテーターやオンラインサロンを主催するなど様々な分野で活躍中。

三浦 瑠麗(みうら るり)

1980年神奈川県茅ケ崎市生まれ 。国際政治学者 。1999年東京大学理科一類入学、2006年東京大学大学院公共政策大学院 専門修士課程修了、2010年同大学院法学政治学研究科 総合法政専攻博士課程修了、博士(法学)。日本学術振興会特別研究員、東京大学政策ビジョン研究センター講師などを経て、現在は東京国際大学特命教授、山猫総合研究所代表、N/S高等学校政治部特別講師を務めるなど、多方面で活躍中。近著に『孤独の意味も、女であることの味わいも』(新潮社)、『私の考え』(新潮新書)、『日本の分断 私たちの民主主義の未来について』(文春新書)など。


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