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広報誌『学』

ena小学部

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山口真由山口真由氏
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河端真一 × 山口真由

都立中の人気の理由と都立に強いenaの秘密

河端今回ご縁があって、山口さんには我がenaの社外取締役に就任していただくことになりました。どうぞよろしくお願いします。

山口こちらこそよろしくお願いいたします。とても楽しみにしております。

河端学習塾という教育系企業にかかわられることになるわけですが、ぜひ抱負を聞かせてください。

山口以前ほど「学歴社会」と言われなくなったとはいえ、まだまだ学歴が幅を利かせる文化が日本には根強く残っています。そんな中、enaは、特に都立中高の入試に強いとのことで、学費の高くないところでも高みを目指して駆け上がっていける、ある意味で子どもたちの未来を支えている学習塾だという印象です。私もできる限りのお手伝いをしたいと考えています。

河端2005年に最初の都立中高一貫校となる白鷗高附属中学が誕生したわけですが、我々はその当時から「これはチャンス」と捉え、都立中受検対策に徹底的に取り組んできました。それが都立中合格の半数以上をena生が占めている近年の合格実績につながっています。

山口中高一貫校といえば私立校のイメージが強く、高2までに6年間のカリキュラムを終えて高3は大学入試に備えた勉強ができるので、大学受験において公立校は私立校と比較して不利だと思っていました。それでも都立中は高いレベルの大学合格実績を出しているそうですね。

河端有名大学への合格者数という観点で見ると、私立校は「6年間中高一貫教育」の優位性を明確に示しました。その優位性を都立中も着々と示しており、難関4大学と呼ばれる東大、京大、東工大、一橋大、および国公立大の医学部への合格者数も増加傾向にあります。東京は高校授業料の実質無料化もあって私立へ進む生徒も多くいますが、こうした都立中の躍進により、都立中人気はずっと変わりません。東京には小6の生徒が約10万人いて、そのうち1割の約1万人が都立中を受検していますが、その競争率は6倍前後。私立は授業料無料とはいっても、その他にも諸々費用がかかりますから、学費が安いうえに卒業後の進路も遜色ないとなれば、都立中が人気になるのも当然のことです。

山口私は札幌出身なので、子どもの頃から地元の友だちも含めて北大を目指す環境でした。高校から東京に引っ越して筑波大附属高に通うと、周りがみんな東大志望で、私も自然と東大を目指すようになりました。そうした環境は大切だと思いますし、都立中も競争意識というのか、生徒たちが高みを目指すための環境を用意できているのかもしれませんね。

河端今春の入試では日比谷高校が63名の東大合格者を輩出して話題になりましたが、都立中に引っ張られる形で、最近は都立高の大学合格者数の実績も伸びており、「都立復活」とも言われています。この勢いはしばらく続きそうです。お子さんを東大をはじめとする有名大学に合格させたい保護者の方は、これまでは私立校が有力な近道でしたが、都立中および都立高の躍進によって、東京においてはその選択肢が増えたわけで、保護者の方にとっては福音となったのではないでしょうか。

山口enaは都立中はもちろんですが、都立高にも強いですものね。

河端特に日比谷高、西高、国立高など都立進学指導重点校と都が指定している難関7校の合格者数は、ずっとNo.1の数字を達成しています。

国語特有の論理的思考はすべての教科に必要な力

河端山口さんは東大ご出身ですが、東大合格には国語力が大切だと何かでお話しされていた記憶があります。

山口私の場合は国語力が大切というより、国語力しかなかったのですが(笑)。国語特有の論理的思考で物事を考えることは、どの教科にも共通して必要だと思うのです。今思えばその後のハーバード大学の入試も、論理的に思考し、その論理にしたがって自分を表現していくことで乗り切れた気がします。

河端国語力の重要性については私も大賛成です。実は東大入試の形式は50年前からほとんど変わっていません。英語にリスニングやディクテーションは加わりましたが、440点満点の配点もそのままですし、数学が文系4問、理系6問であることも変わりません。また年にもよりますが、おおよそ半分程度正解できれば合格ラインということも昔のままです。このどっしりと構えた姿に私は敬意を表したいと思います。そして変わらないからこそ、国語力の重要性がはっきりと見えてくるのです。

山口国語力と言っても単に国語科の話だけではありませんものね。

河端おっしゃる通り、国語が苦手だと社会や英語も解けないのです。文章で説明することの多い国語や社会はもちろんですが、例えば英語の英作文でも、まず和文和訳しなければ内容を理解できない問題がたくさん出されます。そういう意味では文系の人だけでなく、理系の人を含めても国語力の大切さは明確です。

山口私の主観かもしれませんが、東大の入試問題は、東大の先生方が自らの学問をかけて一生懸命に考えていらっしゃるのが伝わってくる気がします。解いていくと学問的な良識と善意を感じるのです。

河端東大入試が変わらない背景には、そういう部分もあるのかもしれませんね。

山口河端真一 × 山口真由ところで国語力や論理的思考力を高めるためには、やはり日頃から読むこと、書くことをしっかりやっていくことが必要なのでしょうか。

河端私が大学在籍中に学習塾を立ち上げて来年でちょうど50周年になります。その間、本当に多くの子どもたちや保護者の方とお話ししてきました。その経験からお話しすると、「うちの子どもは読書が好きです」とおっしゃる保護者の方は半分ぐらいおられましたが、「文章を書くことが好きです」という方はほとんどおられません。そこが日本の教育の弱い部分です。ただ読むだけではダメで、書くことも重要であることは、東大入試を見てもはっきりしています。

山口言葉を知らないと文章を書くことは難しいので、語彙を増やすためにも多くの文章を読むことは大切ですが、確かに書くことに慣れていない子どもたちは多いかもしれません。読むことよりも書くことはどうしても負荷がかかりますから、なかなか自発的には取り組みませんよね。書くことも訓練が必要ですし、その書いたものを評価してもらう機会も欠かせません。

河端実は都立中や都立高の入試も東大と同じように「書くこと」がかなり重視されます。そのためenaでは徹底した作文指導を行っています。先程おっしゃった書く訓練も、書いたものの評価もしっかりやります。恐らく小6の生徒たちは年間100本に迫る作文を書いていると思いますよ。大変かもしれませんが、それが都立中合格には絶対に必要なことなのです。そしてこの経験は、将来的にも必ず生きてきますから。

最近の大学生に見る日本の教育の課題

河端山口さんは信州大学で教壇に立たれていますが、最近の大学生の印象はいかがですか。

山口授業中に質問すると、間違えることを恥ずかしく思うのか誰も手を挙げませんし、積極的に発言しようとしません。間違えるだけでなく、人と違う意見を話すことにも抵抗があるようです。知識がなくて間違うことと、知識を前提として他人と異なる意見を持つことは全く違うので、何でも思ったことは話してほしいのですが。

河端河端真一 × 山口真由私も大学で教えた経験がありますが、小学生のように積極的に手を挙げる人はいませんでしたね。しかも論文を書かせても問いと違うことを答える人が結構いて苦労したことを覚えています。山口さんが、学生を評価する際のポイントはどこにありますか。

山口レポートを評価する際に3つの観点で見ています。「立てた課題が良いか」「課題に向けた論理が正しいか」「それが証拠に基づいているか」の3点です。ただ最初の「課題を立てる」段階でつまずく学生が結構多いですね。適切な課題を立てられず、テーマが大き過ぎたり、小さ過ぎたり。自分で考える力、まさに論理的な思考力の問題だと思います。

河端最近よく耳にする「自ら課題を発見し、解決する能力」ですね。中学や高校でも近年アクティブラーニングが流行っています。授業の活性化という意味では良い部分もあるとは思いますが、その一方で、例えば大学受験を見据えた高校生にとって必要なことなのかなとの疑問もあります。まずは時間を惜しんで、学習の基礎となる数学の計算、英語の単語、国語の漢字をしっかりやるべきでは、と思います。

山口すごくわかります。基礎が身についていない人に「さあ応用を頑張ろう」と言っても何もできませんから。

河端当たり前のことを当たり前にできない生徒が多いということでしょうか。先程の見当違いの論文を書く大学生の件も、その多くは世界中で進んでいる研究を調べもせず、自分の頭の中だけで行きついた結論を「大発見だ!」と示すものが多かったです。少し文献を読めば、そんなこと何十年も前に誰かが気付いていることなのに、それを知らないわけです。世界の研究がどこまで進んでいるかを理解したうえで語らないと、研究者同士の対話にはなりません。

山口先行研究を知らないケースですね。私たちは先行研究にどのくらいのものを積み足せるかという立場ですから。

河端そこを知らずに自分の観点だけで「大発見」と言われても困るのです。

山口先行研究があってアイデアが出てくるものですし、先行研究を無視したアイデアは受け入れがたいものがあります。社会にはそれなりのルールがあって、そのルールに則ったうえで疑問を持つことが大事ですよね。まずはきっちりと既存のシステムへ敬意を払う意味でも、どういうシステムになっているのかを学ぶことから始めるべきかもしれません。

河端私の大学時代は学生運動が盛んな時期でしたから、とにかく論理的整合性を問うようなことばかりやり合っていました。そこで論理的思考が鍛えられた部分もあるのでしょうが、今とは時代が違い過ぎます。

山口私たちは、いわゆる「ゆとり世代」の前に当たる世代です。学問が立身出世の手段になっていて、学問によって身を立てなければならない感じでした。就職氷河期とも呼ばれ、就職も学問次第のようなところがあり、それこそ生きていくために学ぶ必要があったのです。でも今の学生たちの世代は、親はすごく教育に熱心ですが、その一方で本人たちは素直だけれど、立身出世などの強い欲はなく、少し意志の弱さを感じる印象です。そういう世代に学ぶことの概念をどう伝えればよいのかいつも考えています。

河端子どもは社会を映す鏡ですから、まずは社会が変わらなければ子どもたちも変わることができないのかもしれません。世代間の違いも含めて柔軟に考えていく必要がありそうです。

世界規模の競争社会は「生きる力」が必要 

河端最近強く思うのは、この21世紀という時代は、やはり競争が激しい時代だということです。しかも競争する相手は日本の同世代だけに限りません。世界中の同世代と競争する必要がありますし、異なる年齢の人と競う機会も多くなるはずです。そうした中で必要となってくるのは「生きる力」だと言えます。

山口「生きる力」は具体的にはどのような力なのでしょうか。

河端端的に言えば「基礎的学力プラス社会で求められる力」でしょうか。まずは何よりも社会で通用するだけの基礎的学力は不可欠です。昔は小学校にしか通っていなくても一時代を築いた人も多くいました。松下幸之助さんや本田宗一郎さんもそうです。でも今の時代ではなかなか難しいでしょう。やはり最低限の計算ができて、漢字が書けて、英単語を覚えなければ後々困ることになります。

山口確かに最近は世の中が効率化を求め過ぎるのか、「基礎を徹底してやれ」という風潮が薄れてきたような気がします。

河端これからの社会は厳しい競争が強いられます。ちょっと計算や漢字を間違えたり、単純なミスをしたりするだけで「代わりはいくらでもいるから」と相手にされなくなるのです。現に就職マーケットは世界中に開けていて、お金さえ払えばいくらでも他から人材を集めることができる時代。結局のところコミュニケーション能力を問われる前の段階、つまりは基礎学力を身につけておかなければ話にならないのです。

山口河端真一 × 山口真由コミュニケーション能力は大事ですが、基礎的知識が備わってこそのコミュニケーションということですね。

河端そうです。しっかり基礎的学力という土台を築き、そのうえにこれからの社会で求められる能力を身につけるのです。その能力としては、コミュニケーション力はもちろん、最近は多くの職場で重要視されるアカウンタビリティ(説明責任) 、ディスクロージャー(情報開示)、プレゼンテーションなどの能力が挙げられます。

山口「生きる力」は「これからの社会で生きるために必要となる力」と言えるわけですね。

河端21世紀が世界規模の競争の時代であるのなら、そこに出ていって勝たなければ生き残っていけません。社会に参画し、貢献し、認められなければならないのです。そのためにも基礎的学力、そして社会に求められる能力が必要となります。

山口コミュニケーションもそうですが、アカウンタビリティ、ディスクロージャー、プレゼンテーションなどは、いわゆるアウトプットに対応する能力と言えます。昔から学校教育におけるアウトプットの基本は書くこと、筆記でした。ただ社会で必要となる能力は書くことだけでは不十分。口に出して、言葉にして伝えるコミュニケーションも必須です。こうした能力は学校でどれだけ学べるのでしょうか。

河端アクティブラーニングなどは、それらを意識した学び方なのでしょうが、それだけでは心許ない気がします。やはり学校教育では、まずは基礎的な学力を徹底的に身につけさせることを優先すべきだと思うのですが。

山口そうですね。これからの学校教育の大きな課題かもしれませんね。

子どもたちの成長に学習塾が果たす役割

山口「生きる力」の土台となるのが基礎的学力だとすれば、やはり小学生ぐらいからしっかり身につけていく必要がありますよね。

河端もちろんです。教育業界には「七五三」という言葉があって、算数は小学生の7割が理解し、数学は中学生の5割、高校生では3割が理解していることを示すものです。つまり基礎の基礎を学んでいる小学生時代にこそ、しっかり学習しておくべきだと思います。それが「生きる力」の土台となり、将来的に社会で求められる力へとつながっていくはずです。

山口私がイメージする「生きる力」は、「社会のいろいろな部分とコネクトしていける力」です。それを身につけるには、それこそいろいろな経験を積むことが必要なので、子どもを家庭の中だけに閉じ込めていてはいけないと思います。保護者の方に対して少しきつい言い方になるかもしれませんが、親の考えだけが絶対ではないということ。子どもは親以外の人からも多くのことを学んで成長していくのです。

河端子どもたちが成長するには、家庭だけでもダメ、学校だけでもダメ、もっと広いステージが必要です。そこには学習塾が果たす役割も大きいと考えています。学習塾は確かに子どもたちを受験(受検)に合格させることが使命ですが、我々は将来社会で求められる力を身につける際の土台となる基礎的な学力を養成しているとの自負を持っています。受験合格のさらにその先を見据えているのです。むしろこれこそが我々の真の仕事なのかもしれません。一昔前の学校はかなり詰め込み型の教育を行っていました。計算や漢字ができないと夕方遅くまで残されたものです。今の日本の教育は、必要なことだと分かっていても無理して詰め込むことをしません。学校もそうですし、国の考え方がそうです。だから我々学習塾が生きる力の土台作りをやっているのです。こうした思いは今後も持ち続けたいと思います。

山口河端真一 × 山口真由今日はこうして対談する機会をいただき、私も社外取締役という立場で、教育業界とどう向き合っていくべきか少し見えたような気がします。本当にありがとうございました。あらためまして、これからよろしくお願いいたします。

河端子どもたちの未来を支えるべく、一緒に頑張っていきましょう。よろしくお願いします。

(対談日2021年5月10日)

山口 真由(やまぐち まゆ)

1983年北海道札幌市生まれ。2002年東京大学教養学部文科一類(法学部)入学、3年次に司法試験合格。2006年財務省に入省し、主税局に配属。2008年に依願退官後、法律事務所勤務を経て、2015年から2016年までハーバード大学ロースクールに留学。2017年ニューヨーク州弁護士登録。帰国後、東京大学大学院博士課程法学政治学研究科 総合法政専攻に在籍、2020年修了。博士(法学)に。現在は信州大学先鋭領域融合研究群社会基盤研究所 特任教授、情報番組のコメンテーターやオンラインサロンを主催するなど様々な分野で活躍中。2021年6月からenaの社外取締役を務める。


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河端真一 × おおたとしまさ

コロナ禍が大学受験に与えた有形無形の影響とは

河端現在の日本の教育業界が抱えている課題点について、今日はいろいろと意見交換できればと考えています。ぜひ、よろしくお願いします。

おおたよろしくお願いいたします。

河端まずは今年の入試を振り返りたいと思います。特に公立高校が東大などの最難関大学に多くの合格者を輩出したことが話題になりましたが、印象はいかがですか。

おおた今年の大学入試は、大学入試改革が実施されたことと、そこにコロナ禍も重なったことで受験生は本当に大変だったと思います。そんな中、東大の合格者数ランキングで、都立日比谷高校をはじめ公立の学校が躍進したことは興味深いトピックでした。私の印象では、公立の中でも普段からしっかりと受験指導を徹底している学校が高い成果を挙げられたと感じます。ただ、それは少し見方を変えれば、すごく逆説的なことにも思えるんです。

河端逆説的と言いますと?

おおた昨年からのコロナ禍で自粛期間などもあり、思うように教育指導が行えなかった学校がほとんどでした。それでいて結果としては難関大学への合格者が増えているわけです。つまり、あくまでもひとつの仮説で、学校の先生方には怒られるかもしれませんが、学校側が生徒との関わり方を緩めざるを得なかったときに、優秀な生徒たちは自分で時間を有効活用しつつ、勉強法に工夫を加え、受験に備えることができたのではないかと、そう考えることもできるかと思ったのです。

河端それはおおたさん、子どもたちに対して非常に善意の目で見ていますね。私はもう少し意地の悪い目で見ています(笑)。例えば日比谷高が東大合格者を大きく伸ばした裏で、西高や国立高などの学校があまり数字を伸ばしていないわけです。神奈川でも横浜翠嵐高が伸びた裏で湘南高が大きく数字を落としています。学習塾を50年もやっていると、こうした傾向は見かけるのですが、よく「御三家」や「西の雄と東の雄」などと言われる学校がありますが、結果的には良績は一校に集中するケースが多く、両雄並び立たずという結果になりがちです。

おおたなるほど。

河端もちろんその背景には、先程おっしゃったように各校の受験指導への取り組み方は大きく影響しているとは思います。現に日比谷高と横浜翠嵐高は、どちらも東大だけではなく、生徒の才能や保護者の見立てに応えて、最難関大学に合格させるという先生方の意識はすごく高いものをお持ちです。

おおた河端真一 × おおたとしまさそれと大学入試に関して、もうひとつ注目したいのが、早稲田大学の受験生が初めて10万人を割ったとのニュースがありました。

河端ここにもやはりコロナ禍での受験が関係しているのでしょう。大きなポイントになるのが学費です。大学では一昔前は初年度納入金が文系で100万円、理系で200万円と言われていましたが、近年はそれを超える学部も多くあり、地方から上京されるご家庭ならさらに負担は大きくなります。コロナの時代で家計が厳しいというご家庭もある中で、早稲田をあきらめざるを得なかった人も多くいたはずです。

おおた各ご家庭にとって大学の学費はかなりの重荷となります。

河端特に地方の場合、早稲田を志望する受験生であれば地元の国公立大などを目指せる学力が身についているはずです。こうした受験生たちが親の窮状を察して地元に留まったというケースも結構あったのではないでしょうか。

日比谷高と開成高の合格者が日比谷高を選択する理由

おおた塾としてコロナ禍の影響はどうでしたか。

河端我々学習塾もコロナ禍という未曾有の状況で、正直どうなるのか先が見えない部分があって大変でした。例年であれば、その学校なら何点ぐらい取れれば合格できるという予測が立つものですが、それが分かりませんでしたから。そういう状況ですから、当然受験生や保護者も不安な気持ちを抱きます。そうなると、どうしても受験が安全志向になります。

おおた確実に合格できる学校に流れるわけですか。

河端その傾向もありますし、もうひとつ特徴的なのは、これはコロナ禍以前からですが、この先不明確な大学入試を見据えて、私立の大学付属校が人気になりました。数年前に私立大学に定員を守るよう国からお達しが出たことで、早慶はもちろん、その下のランクの大学まで入試が全体的に難しくなった背景があります。ただでさえこうした動向の見極めが難しいところにコロナ禍ですから、なかなか傾向が読めなかったのです。

おおた確かにここ数年、私立大学の定員厳格化と大学入試改革を背景に、その混乱を嫌った層が大学付属校に流れました。

河端その最たるものが明大明治です。早稲田や慶應クラスの難易度になっています。その他の学校は結果を見れば多少落ち着いては来ましたが、今年に関してはこのコロナ禍がどう影響するのか見えませんでした。また、私立の大学付属校は人気でしたが、全体的に見ると大学のように公立と私立による学費の差が受験に影響を与えたと思います。ただ東京の場合は、ご承知の通り私立高校の授業料は親の年収910万円以下の場合は無償化となるので、都立でも私立でも必要な費用は変わらないと勘違いされている方は未だに多くいらっしゃいます。

おおた「無償化」と聞くと、都立も私立も同じだと思いますよね。

河端実は私立の場合は、都立にはない設備費などの諸費用に加え、制服、体操服、バッグなども指定のものを購入する必要があります。「無償化」の言葉の響きは強くて印象に残りますが、意外とそういった費用がバカになりません。

おおた実際のところは費用面を考慮して、私立よりも都立へ進む人が多い印象ですか。

河端そうですね。例えば都立の日比谷と私立の開成をダブルで合格した生徒の多くは日比谷に進んでいる印象です。ただ、費用面の理由ももちろんあるとは思いますが、私が推察する他の理由が2つあります。ひとつが「男女共学の方が時代に合っている」という考え方です。社会に出ると男性も女性も一緒に働くことは当然ですから、男女別学は時代に即していないのではないかという意見が最近多く聞かれます。そしてもうひとつが、中学からの中高一貫生が3年間で築いた絆の中に入っていくのが難しいと考えられることです。こうしたことも日比谷が選ばれる要因のひとつだと思います。

おおた開成独特の仲間意識というのか、男同士3年間で過ごしてきた中に高校から気を使って入るよりは、確かにまっさらな状態で仲間と交流したいという気持ちはよく分かります。

数学の問題は合否だけでなく男女の比率にも関係

おおた男女共学に関してですが、先日話題になっていたのが、都立高校の男女の合格最低点に大きな差があるということでした。男女で別々の定員を設けているため、それぞれの一番下の合格ラインに差が生じてしまうわけです。

河端河端真一 × おおたとしまさこの件は私も以前から考えているのですが、本当に簡単な話で、男女を問わず成績順で合格を決めればよいと思います。男子が何人、女子が何人と分けず、純粋に成績で合否を決める。その方が不合格になった側も納得できるはずですから。

おおたこの議論の延長線上には、当然男子校や女子校はどうなるんだという話もあります。ただ私も男子校や女子校に取材をして本も書いていますが、中高生という思春期にあって傾向として性差も出てくる時期に、男女別に教育することは教育法としてはひとつの合理性があると思っています。

河端男子校、女子校には歴史もありますし、私もそれ相応の存在価値があると思います。ただ、一方では世の中は男子と女子でできているにもかかわらず、中学や高校だけ同性のみで過ごすことに違和感があるとの意見も存在します。

おおた都立高校の合格最低点が女子の方が高くなってしまうことについては、出題される問題の質に理由があるのではとも思っています。

河端それはどういうことですか。

おおた今のテスト内容は、少し極端な言い方をすれば、90点以上も狙えるような、それほど難しくない問題だと河端さんはご自身のYouTubeでおっしゃっていましたよね。それが本当だとすると、コツコツと確実に正解できる受験生が有利になっていると思うのです。

河端河端真一 × おおたとしまさそれはあると思います。どちらかといえば、国語や英語の問題はその傾向が強いです。それらは女子の方が点数を取れる傾向が強いと感じます。

おおたその逆に、たとえば横浜翠嵐高や県立千葉高は男女枠を設けず、単純に点数で合否を決めていると思いますが、結果として男子の方が2倍ぐらい多くなっているのです。

河端恐らくその要因は数学の問題ですね。数学は得手不得手で大きな差が出る教科ですが、一般的に男子の方が得意な傾向にあります。いくら国語や英語で点数を稼いでも数学で一気に差が生まれてしまう。その結果、男子が多くなってしまうのでしょう。ちなみに数学の得意な受験生が有利なのは、東大入試も同じです。東大の合格ラインが440点満点の半分の220点だとすると、数学は1問20点ですから、できるかできないかで非常に大きな差になります。つまり東大受験では文系、理系ともに数学のできる人が合格に有利だと言えるのです。

おおた私立の学校でも点数で切ると多くの場合女子の方が多くなる一方で、トップ校に関しては男子の方が多い傾向があります。それも恐らく、入試問題、特に数学がその差を生み出しているのだと想像できます。以前、都立高の教員から「学校の男女比は数学の問題の作り方で調整できる」という話も聞いたことがあります。

河端なるほど。それはあるでしょうね。ひとつ例を挙げれば、高校受験は帰国子女が圧倒的に有利です。それは英語でほとんど満点を取れるからです。ところが東大の入試は、帰国子女には非常に厳しい問題になっています。それは英語であっても、「次のことを英語で説明せよ」という問題の中に、コタツや簾、銭湯などの言葉が出てくるわけです。帰国子女にとっては存在そのものが分からず、和文和訳自体ができない問題になっています。英作文や英文和訳であっても、和文和訳自体が難しく感じる日本語が出題されますし、ただ英語を日本語にしただけでは人に通じない日本語になってしまうような問題が出るので、基本的な日本語能力がないと東大には合格できないようになっています。

おおた高校の先生方も同じようなことをおっしゃいます。

河端ただそれは、東大であれば東大が自分のところに入ってもらいたい人を選抜するための独自の考えですから、それでも良いと思うのです。それもひとつの見識ですから。

おおたおっしゃる通りです。東大の入試は、いい問題が揃っているって皆さんおっしゃいますものね。

世の中の進化のためには共存より競争が必要

河端今の形の日本の教育では、21世紀の海外との競争社会では勝ち抜けないと思うのです。全員が大学を出るまで同じような教育を受けているだけでは、そこから「GAFA(グーグル・アマゾン・フェイスブック・アップル)は生まれない」と言われますが、本当にそう思います。

おおたこれまで日本は、どちらかと言えば「均一な人材」の育成を目指していたわけですが、今これだけ新しい技術や情報が生み出されてくると、一人の人間がとてもじゃありませんが背負いきれないものを次々と抱え続けている状況です。それでも、それらを活用して新しいイノベーションを創り出さなければならない時代においては、たとえばこの荷物は僕が持つね、この荷物はあなたが持ってねというように、チームで負担を分け合うことを前提とした社会構造に変換する必要があるのだと思います。少し陳腐な表現になりますが、教育についても、それぞれの個性を生かした教育、そしてそれらを組み合わせるためのコミュニケーション、コラボレーションにつながる教育にシフトしていくことが大切ではないでしょうか。

河端私は教育を二段階に分けて考えなければいけないと思います。まずは中学卒業ぐらいまでの勉強は、読み書きそろばんではありませんが、基礎的なことを徹底して教える教育を今以上に厳しくやるべきではないでしょうか。社会に出てから恥ずかしい思いをしなくて済むだけの基礎的知識は中学までにしっかりと身につけるのです。そしてそこから先は、一人ひとりがやりたいことに対して可能性にチャレンジできる、自由闊達に学べる環境が用意できれば理想的だと考えています。

おおた競争社会というお話もありましたが、私たちの世代観だと、これからの子どもたちは、グローバル経済の競争の中で勝ち残っていくことより、いかにお互いを認め合いながら共生していくかの方が大切ではないかとも考えます。競争心より共生心でしょうか。

河端そういう議論はあります。ただ私がお伝えしたいのは、やはり「成長」の必要性というところに結局は行きつくと思うのです。もし成長しなくてもいいのなら競争など必要ありませんし、それぞれが好きなように生きればいいと思います。ところが世の中は成長を抜きにしては、いろいろなものの進化が止まってしまうわけです。我々の国がこれからも魅力的で、他国の人からも支持され続けていくためにも、やはり成長は不可欠。そう考えたときにもちろん人を蹴落としてまで勝つという競争では困りますが、みんなが切磋琢磨して全員で力を上げていくという意味での競争は絶対に必要なのです。

おおた私の考えでは、むしろ逆で、競争は成長があってこそできることです。右肩下がりの世の中で競争をあおれば、社会全体が破綻するという危機感があります。成長を促すための限定的な競争があれば理解できます。

河端我々も子どもたちをお預かりして教育していく立場ですから、これから不可欠となる競争の意味をしっかりと教えなければいけないと考えています。競争が世の中をここまで成長させてきたことは確かですし、これからもいい意味での競争をしていく中で自分を磨き、社会をよりよくしていくことが大切だと伝えることが、我々の使命でもあると考えています。

おおた河端真一 × おおたとしまさそうですね。成長するための競争であれば理想的です。とはいえ競争ですから勝つこともあれば、負けることもあります。仮に負けたとしても敗者復活ができたり、何かが保証されたりなど、競争が過度になり過ぎないための世の中の構造改革にも期待したいところです。

河端今日は実に興味深いお話をいろいろとありがとうございました。

(対談日2021年6月3日)

おおたとしまさ

1973年東京都生まれ。麻布中学・高校卒業。東京外国語大学英米語学科中退、上智大学外国語学部英語学科卒業。株式会社リクルートから独立後、数々の育児誌、教育誌の編集に携わる。中学・高校の英語の教員免許を持ち、私立小学校の英語の教員経験もある。現在は育児や教育に関する執筆、講演活動などで幅広く活躍。FMラジオ「ハピモニ」およびBSテレ東「THE名門校 日本全国すごい学校名鑑」に出演中。著書は『公立中高一貫校に合格させる塾は何を教えているのか』(青春出版社)、 『21世紀の「女の子」の親たちへ』、『21世紀の「男の子」の親たちへ』(ともに祥伝社)など60冊以上。