広報誌『学』特別号

デジタルパンフレット

子どもの将来を見据えた東京都の教育への取り組み

河端

本日はお忙しいところ、お時間をいただき、誠にありがとうございます。よろしくお願いいたします。

小池

こちらこそ、よろしくお願いいたします。

河端

せっかくの機会ですので、知事にお聞きしたいことがいろいろとあるのですが、まずは、東京都が管轄されている都立の学校全般について、知事のお考えをあらためてお聞かせいただけますか。

小池

最近の最大のトピックは、立川に都立として初めてとなる小学校ができました。都立立川国際中等教育学校附属小学校です。一般枠と海外帰国・在京外国人児童枠があるのですが、特に一般枠は大変な倍率となり、第二次は適性検査を行ったものの、第一次と第三次では抽選の形にせざるを得ないほどでした。

河端

都民の方の期待の大きさがわかります。小学校ができたことで、都立中学、都立高校、都立大学と、小学校から大学まで一貫して学べる体制が整っていることは大変素晴らしいと思います。

小池

都民の方に「東京で学んでよかった」と思っていただける体制を今後も充実させていくつもりです。子どもたちはもちろん、親御さんにも納得いただける教育環境をつくっていきたいと思います。

河端

都立小学校の開校以外にも、何か具体化している新しい取り組みはあるのですか。

小池

例えば都立立川高校に、「創造理数科」という新しい学科を令和4年4月から設置します。理数系分野の素養の育成が目的で、今後求められるであろう社会のニーズを先取りした形です。また同じく令和4年度から、6番目のチャレンジスクールとなる「小台橋高校」を足立区に開設します。チャレンジスクールは、不登校経験を持つ生徒や長期欠席等が原因で高校を中途退学した生徒などを主に受け入れる定時制の高校ですが、小台橋高校では、好きなことを仕事にするためのキャリア教育に特に力を入れて取り組んでいく予定です。

河端

実は、私は立川高校の出身なので、新しい学科ができて母校が進化していくのはうれしいですね。さて、大学進学いう観点で東京都内の高校を見てみると、もちろん私立の開成や麻布などの合格実績は素晴らしいのですが、都立の日比谷高校が東大に60名を超える合格者を輩出しました。やはり私立は学費が多くかかりますから、家計にもやさしい都立高校から難関大学への道が開けていることは、都民にとってありがたい話ですし、東京都の非常に優れているところだと感じます。

小池

大学進学だけではなく、さらにその先の将来を見据えた教育環境を整えたいとの思いもあります。国際性や、プログラミング、さらには医療や科学など、子どもたちが専門的な分野に進みやすい環境が必要だと思うのです。都では、難関国立大学への進学を見据えた「進学指導重点校」を7校設けています。それ以外にも例えば、理数に関わる高度な探究活動を行う「理数教育重点校」を3校、医学部進学を目指す「チーム・メディカル」としての戸山高校、文字通り国際性のある学校を10校指定した「東京グローバル10」などですね。どの学校も同じではなく、それぞれに特徴を持たせることで、子どもたちの「自分はこの道に進みたい」との考えを刺激するための選択肢を広げています。

47都道府県の中で、女性知事は何人?

河端

先日、日比谷高校の前校長である武内彰先生に伺ったのですが、高校卒業後すぐに海外の大学へ進学する生徒もずいぶん増えているそうです。本当に多様性の時代だと思います。

小池

そうですね。日比谷から東大というコースもありますが、アメリカやヨーロッパだけではなく、最近はインドのハイデラバードなどの大学にも進学する生徒の話も聞きます。コロナ禍ではありますが、世界をにらんだ教育は今後も必ず必要になってくるはずです。目黒区にある都立国際高校では、国際学科を設置しつつ、さらに国際バカロレアコースも作っています。フルディプロマを取得できる教育課程となっており、そのために世界共通の統一試験も受験します。そこまでしないと本当の意味でのグローバル化は難しいとの考え方です。やはり世界の現状を基準として日本の教育を見渡し、それに合致する形に変化、あるいは進化していかなければ、グローバルな競争には勝てません。国内を見ているだけでは物足りない状況だと思います。

河端学院長 小池知事

河端

なるほど。世界の状況に応じて、日本の教育も変化が必要なのでしょうね。他方で、都立高校の変化という意味では、男女別定員制についても話題になりました。

小池

全国で唯一、東京都だけが公立高校で男女別定員制を設けていた件ですね。この背景には、東京都ほど私立の学校が盛んな都道府県もありません。例えば私立の男子校や女子校との兼ね合いもあり、これまで都立高校の男女比が決められていました。それがずっと変わらないままだったのです。私自身、兵庫県の女子校の出身ですし、私学の良さも体感しております。今回私立学校のみなさんの理解を得て、段階的ではありますが、都立高校の定員の男女比についても変えていくことになりました。

河端

受け入れる学校側も準備が大変な部分もあると思いますが、それが世の中の流れなのでしょうね。ここのところ日本でも男女間の問題、いわゆるジェンダーについて話題になることが増えました。

小池

グローバルな視点での話として、日本において女性が活躍できる機会は、海外と比べると圧倒的に少ないと言わざるを得ません。私は初の女性都知事を務めさせていただいていますが、日本の47都道府県で女性知事が何名いるかご存じでしょうか。山形県の吉村美栄子知事と私の2人だけです。

河端

えっ、お2人だけですか。

小池

はい。2年前にホノルル市長から招待を受けて、全米市長会議に出席し、東京都の取り組みについてプレゼンテーションさせていただきました。プレゼンが終わった後に握手を求めてくる市長の方々の中に女性がたくさんいらっしゃいました。つい先日もボストンの市長選挙で、アジア系の女性が市長に選ばれていましたね。日本では知事どころか市長に目を向けても、まったく女性が少ないのが現状です。結局は、市長候補を選び出す過程で例えば市議会や県議会の、選ぶ側が男性ばかりですから、そもそも候補者として女性があがってこないのです。つまり、女性が出馬するチャンスすらありません。

河端

 確かに女性が活躍する舞台を増やすことも、日本が進めるべきグローバル化のひとつなのかもしれません。

DX化で教育業界が備えるべきこと

小池

教育業界もコロナ禍の影響で、オンライン授業などデジタル化が一気に進みました。学習塾業界にもDX化の波が迫っているのでしょうね。

河端

その通りです。コロナ禍の影響に関しては、迅速にオンライン化を進めた塾と、やや立ち遅れた塾とで明暗がはっきり分かれたと言えます。我々は、かなり早い段階から映像授業の準備を進め、Zoomによる双方向のオンライン授業もいち早く導入しました。教室への通塾が再開してからも対面授業と映像授業とを連携させた「ダブル学習システム」を継続し、生徒や保護者の方から好評を博しています。コロナ禍の流れもあり、ある意味で実験的に映像授業を取り入れていたわけですが、やればやるほど、そのメリットしか見えなくなってきて、ついには完全にオンラインだけに特化した「ena オンライン class」を新たに開校させる運びとなりました。2022年度からは「自宅 ena」というキーワードを掲げて、本格的に事業展開してまいります。社外取締役の山口真由さんと特別顧問の三浦瑠麗さんを起用したCMも制作し、年明けから放送する予定です。

小池

コロナ禍で、いろいろ困難もあったと思いますが、学校と違って学習塾だからこそ、いち早くDX化にシフトできた部分もあるのでしょうね。

河端

そうですね。学習塾も企業ですから、弊社も私が決断すればすぐに動ける身軽さはありましたね。また我々は職域接種にも早期に申し込ませていただき、早い時期から社員、社員の家族、そして生徒の保護者の方まで広くワクチン接種を行いました。それで夏の合宿なども予定通りに実施でき、多くの生徒に参加いただけました。営業面でもコロナ禍による大きな影響を受けずにここまで来ることができています。

小池

それは素晴らしいですね。ところで、N高という学校は、教育界ではどのような位置づけになるのでしょうか。

河端

最近はすごい勢いで成長されている学校ですね。実は三浦瑠麗さんが、N高で指導をされているので、お話をいろいろと聞く機会があります。基本は通信制の高校ですから、不登校であったり、高校を中退してしまったりした生徒の受け皿的位置づけとイメージしがちですが、最近は個性豊かな幅広い生徒が集まっているようです。学力に優れた生徒も多くなり、2020年度入試では4名の東大合格者を輩出しているようです。教育のDX化という意味では、大きなひとつの方向性を示している学校だと思います。

小池

DX化によって教育の在り方も今後大きく変わっていくのでしょうね。そうした流れをバックアップするためにも、東京都では都立高校における1人1台のタブレット整備に向けて補助制度を創設しました。今回、保護者負担を3万円の定額負担とし、残りは都で補助させていただく形です。国が全国の小中学校を対象にGIGA スクール構想を展開していますが、高校の教育においても情報通信技術の導入は待ったなしの状況。デジタル分野の未来への投資は果敢に推し進めるべきですし、成長を生むためのすべての源である「人」を育て上げていくことが何よりも大切ですから。

河端

都立高校の場合は、コロナ禍で自宅学習している期間も、ある程度は先生方が授業動画を配信されるなど、何とか授業を止めずに対応できたとお聞きしています。タブレットが配布されれば、さらに強固な学習体制の構築も可能でしょうね。ただ小中学校は難しかったようです。端末自体に慣れていない子どもも多かったでしょうから。

小池

そうでしょうね。むしろ使い方よりも最初の設定や立ち上げが難しかったりしますから。黒船の来航ではありませんが、今回コロナが押し寄せたことで、教育現場は教える方も学ぶ方もご家庭も、ずいぶん苦労されたことだと思います。もちろん頻繁にパンデミックが起こっては困るのですが。いろいろな状況においても、学びを止めずに、続けられる体制を常に整えておくことを都としてこれからも考えていきます。

重要なことは、一に人 二に人 三に人

河端

東京都の教育に関して、課題に感じていることはありますか。

小池

これもDX化と連動する時代の変化だと思いますが、工業高校の魅力が伝わりづらくなっていると感じます。例えば授業で旋盤技術を教えていますが、時代に対応して中身を変えていく必要があります。

河端

旋盤の技術などは、今後はAIや機械に取って代わられるかもしれませんからね。

小池

例えば3Dや、プログラミング、ドローンの使い方、もしくはドローン自体の設計を教えても面白いかもしれません。とにかく思い切った改革が必要です。受験生もシビアな目で見ています。

河端

一昔前は、工業高校、商業高校、それに農業高校なども人気がありましたが、最近は希望者が少ないのですか。

小池

そうですね。ただ都立工業高校のように、個性が際立った学校は人気があります。工業高校などはもっと近未来的な名前に変えた方がよいと個人的には思っているのですが(笑)。

河端

やはり教える中身が重要なのでしょうね。

小池

エンジンの仕組みひとつ取っても、モーターや、電気、そして水素、教える側も年々バージョンアップしていく必要があります。学校もこれまでと同じことを教えているだけでは生き残れません。これからは「何を教えるか」が、とても重要になってきます。

河端

わかります。子どもたちを志望校に合格させることが、我々学習塾の役割ではありますが、それと同時にプレゼンテーションやディスクロージャー(情報開示)、アカウンタビリティ(説明責任)といった、現在世界的に求められている能力についても教えたい、身につけさせたいと常に考えています。これは何も難しいことを言っているのではありません。実は都立中受検の適性検査では、これらの能力が試されているのです。記述式の問題であったり、作文能力であったり、非常に優れた素晴らしい設問ばかり。しかもその延長線上には東大の入試問題があります。東大の問題はすべてそれらの能力が問われる形式 であり、都立中と東大の問題は合致する部分が多いのです。

小池

自分の考えを表現することが大切なのですね。

河端

そうです。これからは自分の意見をドンドン積極的に発信することが求められる時代。日本人の美徳と言われていた不言実行ではダメなのです。

小池

私がいつも、所信表明や講演会の場で多用しているのが、後藤新平の言葉です。ご存じの方もいらっしゃると思いますが、後藤新平は関東大震災の後の帝都復興に尽力され、また第七代東京市長として行政においても大きな功績を残されています。もともと内科医で、日清戦争後、感染症が流行していた戦地から戻ってきた帰還兵23万人を、一旦、瀬戸内海の島に全員隔離し、しっかり感染のないことを確認したうえで帰宅させたのです。戦争に勝って意気揚々と帰国し、一刻も早く自宅に帰りたいはずの帰還兵全員を隔離するのは大変な作業だと想像できますが、そのおかげで、日本中に感染症が広がらずに済んだと言います。現代に置き換えても感染症対策のお手本のようなことをされた方なのです。

河端

それはすごいですね。

小池

その後藤新平がいつも言っていたのが、『重要なことは、一に人 二に人 三に人』、また『金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ』という言葉です。

河端

深い言葉ですね。

小池

何よりも大切なのは「人」です。そして、その人を育てるのが「教育」の使命です。教育の重要性はこれまでも、これからも変わりません。

河端

おっしゃる通りです。教育に携わる身として、これからも気持ちを引き締めて生徒たちと向き合いたいと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。

小池

ありがとうございました。

(対談日:2021年12月20日)

小池知事 2ショット写真

小池 百合子(こいけ ゆりこ)

1952 年兵庫県生まれ。東京都知事(第20代・21代)。都民ファーストの会特別顧問。 カイロ大学文学部社会学科卒業後、アラビア語通訳者、ニュースキャスターを経て、1992年に初当選、参議院議員となる。その後、衆議院議員、総務政務次官、経済企画総括政務次官、環境大臣、内閣府特命担当大臣、防衛大臣、自由民主党総務会長、都民ファーストの会代表などを歴任。2016年の東京都知事選挙に当選し、女性初の東京都知事に就任する。2020年に再選、現在に至る。

広報誌『学』Vol.22

AI技術の発展は、教育を進化させるのか?

河端

まずは 今回も山口さんと三浦さんをお招きし、実際に教壇に立たれて子どもたちの指導もしているお二人に、「AIやDXの進化が、教育にどう関係するのか」をテーマにお話をお伺いしたいと思います。どうぞ、よろしくお願いします。

山口

三浦

よろしくお願いいたします。

河端

コンピューターや映像、あるいはAIなどを導入して教育を進化させていこうとする試みは、わが国でも、かなり昔からあります。私はこの仕事を始めて50年になりますが、正直そういったことが現実的だとは思っていませんでした。しかし近年、そろそろそういう時代になったのかなと感じる部分があり、enaでも映像授業の取り組みを本格的にスタートさせています。ただ「AI」については私自身、まだ半信半疑であるのが正直なところです。AIと教育との関係性について、どうお考えになりますか。

山口

人工知能の一種として「機械学習」という言葉をよく聞きますが、人間の学び方とは大きく異なります。例えば「猫」を理解させるために、大量の猫の画像からなる教師データを学習させる流れは、私たち人間が持っている「概念を伝える」ということが、まだAIにはできていない証だと思います。人間にとって一番重要なのは、概念を概念として伝えていくことですから、それができていないAlは、人間と同じレベルで思考したり認知したりできているわけではありません。ただ、その一方で、ある生徒が反復で問題を解いていく過程で、この問題をよく間違えるという傾向が見られたときに、それを自動的に繰り返し出題してもらえるなど、優れている部分もあります。こうした強みを取り入れることは、教育にも効果があるのではないでしょうか。

三浦

機械学習とディープラーニングの違いは、例えば機械学習は「猫」というお題を人が設定し、それをひたすら学習させることに対して、ディープラーニングはもっと先に進んでいる概念で、我々人間も理解していないことを解析してくれるイメージです。私は今回、経団連と協力し、JRのデータを使って新型コロナウイルスにまつわる人流データの解析結果をチームで提供しましたが、このディープラーニングの手法を使うと、「原因はわからないけれど、何が出てくるのかはわかる」ということが見えてきます。人間はすでにわかっているもの、例えば人流や気温などを積み上げて、推論を重ねますが、複雑系の世界においてはそのような単純化された手法はなじまず、正確に予想することはできません。ディープラーニングでは、人間が知り得ないものまでも含めてパターンを認識するため、「これは成功するけれども、なぜ成功するのかはよくわからない」ということがあり得るわけです。

河端

なるほど。正解というのか、結果は導き出せても、その過程や理由は見えないわけですね。

三浦

はい。こうした部分を教育界に応用するやり方は二つあるのかなと。ひとつは会社としてのマネジメントやサービスの最適化のための当たり前にやらなければいけない導入の部分。もうひとつは、教師が見えていない部分にも届くための技術導入の意義です。教師は日ごろから子どもをよく見ていますが、その子の抱える課題の最適な解決方法がわからない場合もあり得る。そんなときに、ディープラーニングの助けを借りることもできるかもしれない。子どものやる気だとか、反復の回数だとか、そういったものも適正なアドバイスが出て来るかもしれない。ただし、なぜなのかという理由は人間が後付けで考えるしかないのです。AIだけに頼るのではなく、導き出された結果を教師の持つ経験やノウハウなどで補うことが必要です。

河端

AIの権威である東大の松尾豊先生に伺ったところによると、AIにはブームがあって、現在は第三次ブームらしいのですが、その第三次ブームが起こった理由は、画像認識が90%以上にまで精度が上がったからだというのです。例えばCTの画像を見て、その人が癌であるかどうかについては認識できるようになって、人間が判断するよりも、正確になってきたと。でも、それはそうですよね。何十万もの画像を一気に解析して、どれが癌でどれが癌でないかを機械が学べることは想像に難くないわけですから。ですから逆に言えば、まだそのレベルなのかとも言えると思うのです。しかも、語学については、その言葉が使われている前後関係のニュアンスから文章を理解して続く言葉を選んだり、あるいは英語であれば、その英文を本当にこなれた日本語に訳したりといったことについては、まだまだ画像認識以上に力不足なのです。

山口

コンピューターは、膨大な画像データを処理することに対しては人間よりずっと優れているものの、人間が小さな子ですら「これは猫」だとわかることについては、それを自ら「猫」だと認知できるところまでは進んでいないわけですよね。つまり人間とAIができることは、まだ全然別の能力ですから、人間の仕事がAIにすべて入れ替わると言われますが、もう少し先のことだと思ってしまいます。

河端

もちろん科学の進歩は必要ですし、AIが無駄だとかそういう話ではなくて、いろいろな状況を鑑みれば、特に教育分野におけるAIというのは、まだまだ開発途上であるとの思いを強く感じています。

まずは知識の幹となる全体像から学ぶべき

山口

あえて難しい問題を子どもに与えて考えさせることがありますが、少し危惧しています。大人の視点から「子どもは考えなさい」と伝えても、サインもコサインもわからない子どもたちに、応用問題をいきなりやってみなさいというのは、すごく酷だと思うのです。とにかく疑いなさい、自分の頭で考えなさいと大人の視点で言い続けることは、子どもにとってストレスではないでしょうか。

河端

確かに子どもの視点で考えることは必要ですし、いきなり応用問題を解かせるのも良くありま せん。例えば日本史や世界史も、私が教えるときには、必ず全体像から教えるようにしています。江戸時代の前はどんな時代だったのか、江戸時代の後はどんな時代だったのかなどを、ざっくりであっても、それを理解してもらい、その上で細部に段々と入っていく流れが適切なのです。ところが世の流れなのか、最近は部分的に、例えば応仁の乱を理解するのは大人でも難しいはずですが、そういうところから教える教師が増えている気がします。自分の興味を押し付けているとしか見えません。

山口

私が東大の学生だったとき、テストの採点をしていた先生が、「第一次世界大戦と第二次世界大戦を知らない生徒たちがいることが衝撃です」とおっしゃっていたことを思い出しました。最近の傾向としては、いわば枝葉学習の子たちが増えて、枝葉のところにすごく詳しい人が多いと感じています。「韓国は日本を慰安婦問題で非難するけれど、ベトナムに対して韓国は同じようなことをしていた」というような知識を持っているのに、全体としての幹の部分を知らないというのは、結構グロテスクなバランスですよね。そういう意味では、全体を知らずして細部から入るのは、割と危険なことだと思います。

三浦

ただ、どうしても感覚的に、細かな点まで腑に落ちないと、理解した気になれない子っているんですよね。私もそうでしたし、うちの娘もそういうタイプなんです。そうした子たちの成果を測るために、どういうことができるのかなといつも考えています。一方で、ではどうすれば学力が伸びるのか。自分の娘のパターンで言えば、単純に点数を上げるのであれば、確かめ算をしっかりさせると効果があるわけです。それが「目の前の成果」なんですよね。でも、うちの子は応用問題を考えるのは楽しいみたいだけど、確かめ算をしないんです。よく小数点の位置を間違えるし。難しい問題を考える楽しさを捨てずに、それ以前の集中力の維持だとか確かめ算だとか、そういう基礎的なものを身につけさせることが必要ですよね。

河端

受験のテクニックを教える立場から言えば、例えば東大の入試であれば、おっしゃるような確かめ算以前に、数学では「どの問題を捨てるのか」を決めることが一番大切ですし、そうした取り組みの方が現実的になってきます。やはり全体を概観することが大切で、その上で細かいところに興味を持って、そこを深掘りしていくと。これが一番「鬼に金棒」ではないでしょうか。だから我々学習塾は、まずは概観する部分を鍛えているのであって、深掘りについては、最高学府に行ってから頑張りましょうと考える部分はありますね。

三浦様 山口様

ブルーライトは人に良い? 悪い?

三浦

最近は本や雑誌をiPhoneやiPadをはじめ、デジタル機器で読む機会が増えましたが、紙で読むよりもiPhoneなどの方が、集中して読める気がしませんか。これは本で読んだ知識ですが、そこには画面から発生するブルーライトが影響していて、いわゆる紙で見ているときとは違って、ブルーライトが交感神経を刺激して脳を覚醒させる働きがあるからだそうです。要はブルーライトによって覚醒し、ずっとそれに集中して読めてしまい、短い時間で情報を処理できてしまうということ。よくスマホを寝る前に見ると眠れなくなると言いますが、それはこの覚醒効果があるからということのようです。

河端

ブルーライトは目に良くないなど、一時期はマイナス面をよく耳にしましたね。

三浦

自律神経の中は落ち着かせる部分と活性化させる部分がありますが、活性化する部分に作用して、集中力を高める効果があるんでしょうね。

山口

ブルーライトは交感神経に働くんですね。私が本を読むときは、恐らく文字全体を、ある種、映像として捉えているところがあって、紙に慣れているからだと思いますが、今のところは、まだ紙の方が速く読めると感じています。でも今度ブルーライトで、何か同じ文章を読み比べてみたいと思いました。

三浦

同じ記事を新聞紙とiPhone で読み比べると一番違いがわかりますね。私も普段の読書は完全に紙ですが、大量の情報を短時間で捌くためにはiPhoneの方が便利です。

河端

それは面白いですね。今日帰ったら早速試してみます。

三浦

子どもを集中させるデバイスとして、iPadなどはすごく効果があるのかもしれない。それだけに、遊びやザッピングに使うだけでなくコンテンツ、中身に意味のあるものを取り入れる必要がありますね。ただ本に関しては、うちの子にはKindleは使ってもiPadでは読ませないようにしています。紙のものを集中して読めなくなってしまうと問題なので。

河端

夜眠れなくなるほどの覚醒効果があるのですから、ブルーライトの長時間の視聴には、やはり気をつけるべきだと思いますが、おっしゃる通り、オンライン学習に一定時間集中させるなどのメリットもあるのかもしれませんね。いろいろ調べてみたいと思います。

映像にシフトした決め手は「生徒への声かけ」の実現

河端

我々も映像授業に本格的に取り組んでいますが、やはり映像授業とリアルな授業とでは、現場の空気感が違うという考え方の人がいます。私もかつてそうだったので、気持ちはよくわかります。

山口

最近は研究会などもオンラインに移行していて、どこにいても参加できるのは便利ですね。ただ、話す人の感情だとか熱量だとかをダイレクトに共有するなら、やはりリアルの方がいいんだろうなとは思います。また研究会前後のちょっとした雑談が、実はクリエイティブな発想につながることもあったので、そうした時間がなくなるのは少し寂しいです。

河端

私が映像に踏み切った一番の理由は双方向の実現でした。片側から授業を流すだけでは、私たち塾の教師からすれば、致命的な点が欠落してしまいます。それは「生徒への声かけ」です。生徒はみんな、基本的に勉強をやりたくないわけです。ある程度強いられている部分があるのが実情。そうなるとちょっと気を抜いてしまい、さぼったり、隣を見たり、外を見たりするときは、やはり教師が「河端、何やってんだ!」といった声をかけてやる必要があるわけです。それがこれまでの一方通行のシステムではできなかったものが、Zoomによって、教師が生徒の様子を全部見られるようになりました。確かに雰囲気や空気感は出せないかもしれませんが、注意はできるわけです。それだけでも私に映像授業を踏み切らせるには十分なポイントでした。

三浦

Zoomは子どもたちからしても、発言しやすかったり、集中できたりするようです。大人になってからデジタルが入ってきた我々は、リアルの方に慣れている部分もありますが、今のデジタル世代の子どもたちは、むしろリアルな対人関係のストレスの方が大きいとも言います。ただインターネットの高校であるN高の生徒もリアルにストレスを感じるからと言うだけでなく、むしろ自分の時間を有効活用するために選んで入った子が多いように思います。あとは、地方に住んでいる子が東京と同じ教育を受けられるというのが一番のメリットであるかもしれない。これは地域の格差を取っ払うわけです。例えば海外に在住しているけれど、日本人学校が充実していないから、N高に入っている場合もあり、すごく可能性が広がったと感じます。

山口

アメリカでも、例えば司法試験予備校にオンラインが整備されていて、自分のタスクがどこまで進んでいるかなど、全部オンラインで管理されています。リアルな授業も同時に開校されていますが、ほとんどみんながオンライン授業を選んでいるそうです。

河端

実際にオンライン授業を始めてみて、今のところ感じているのはメリットばかりです。もしかすると将来の学校教育も映像授業が主流になるのではないかとさえ思います。学校で非常に大きな問題になっている、いじめや不登校といったこともオンライン授業で、ほぼ解決できるのではないでしょうか。単に学習塾の授業を映像に置き換える以上のことが将来的にあるのではないかと思えるのですが。

三浦

十分にあり得る話だと思います。N高の私の政治部では、25名から30名の生徒を指導しているのですが、実は1度も直接会ったことのない生徒が多いのです。それでも様々な課題等を通じて、彼らの考えていることは日々把握できています。オンラインで授業をし、グループワークをさせる、成果物を提出させる、それを通じて個々の理解度をチェックする、理解度に応じた課題を出す、こうしたことが実際に可能になってきているのですから。

科学の進歩で効率化すべき教育の課題とは?

河端

「末は博士か大臣か」という言葉があります。以前は立身出世の象徴でしたが、今の子どもたちに言ってもピンと来ないでしょうね。自分の子どもに将来はノーベル賞を取ってほしいと親が言うのも何かはばかられる風潮がある。価値相対主義というのか、自由は与えられたものの、子どもたちに将来の夢を持たせることが難しい時代だと感じます。

山口

正に移動の時間であったり、コストであったり、それらを効率化できるのがAIであり、DXだと思います。ただ学習塾の授業にオンラインが適しているのは明確ですが、例えば海外留学は決してオンラインでは代替されないとの話もあります。日本からZoomで現地の授業にアクセスはできても、現地の生徒たちの日常会話や休憩時間などの空気感、もっと言えば自分の英語が相手に伝わらない悔しさや伝わったときの感動など、そういう手触り感のようなものはオンラインで再現するのは難しいですよね。

三浦

効率化という意味では、結局ディープラーニングやDXと言われているものの目的は、人間の能 力を節約することにあります。教育現場で言えば教師の労働時間の短縮です。ただ教師の労力は節約するべきですが、AIの進化は生徒の労力まで節約している気がしています。例えば高校生が英訳や和訳をする際、すぐにGoogle翻訳やみらい翻訳を使って楽をしてしまう。便利になったのは良い部分はありますが、せめて社会人になるまでの間は、やはり少しは手作業していかないと、語学力も落ちてしまうと思います。生徒ではなく、先生の省エネにつながるAIの進化があるといいですね。

河端

なるほど。お話をお聞きしていて、教育業界におけるAIやオンラインの可能性や課題がいろいろと見えてきた気がします。一つ言えることは、科学の進歩は止めることができないということです。我々も立ち止まっていては取り残されていくだけ。世の中の流れ、そして子どもたちの未来を見据えながら、enaも進化し続けていく必要があります。これからもお二人には貴重なアドバイスをいただきたいと思います。今日はありがとうございました。

山口・三浦

ありがとうございました。

(鼎談日:2021年11月26日)

河端学院長 3ショット写真

山口 真由(やまぐち まゆ)

1983年北海道札幌市生まれ。2002年東京大学教養学部文科一類(法学部)入学、3年次に司法試験合格。2006年財務省に入省し、主税局に配属。2008年に依願退官後、法律事務所勤務を経て、2015年から2016年までハーバード大学ロースクールに留学。2017年ニューヨーク州弁護士登録。帰国後、東京大学大学院博士課程法学政治学研究科 総合法政専攻に在籍、2020年修了。博士(法学)。現在は信州大学先鋭領域融合研究群社会基盤研究所 特任教授、情報番組のコメンテーターやオンラインサロンを主催するなど様々な分野で活躍中。

三浦 瑠麗(みうら るり)

1980年神奈川県茅ケ崎市生まれ 。国際政治学者 。1999年東京大学理科一類入学、2006年東京大学大学院公共政策大学院 専門修士課程修了、2010年同大学院法学政治学研究科 総合法政専攻博士課程修了、博士(法学)。日本学術振興会特別研究員、東京大学政策ビジョン研究センター講師などを経て、現在は東京国際大学特命教授、山猫総合研究所代表、N/S高等学校政治部特別講師を務めるなど、多方面で活躍中。近著に『孤独の意味も、女であることの味わいも』(新潮社)、『私の考え』(新潮新書)、『日本の分断 私たちの民主主義の未来について』(文春新書)など。

デジタルパンフレット

武内 彰氏

都立高は「日比谷一強」と言われる背景にあるもの

河端

本日は、今春まで都立日比谷高校で校長を務められ、現在は白梅学園高校の校長である武内彰先生にお越しいただきました。どうぞ、よろしくお願いいたします。

武内

よろしくお願いいたします。

河端

新しい学校での武内先生の取り組みも気になるのですが、まずは日比谷高の校長時代のお話を中心にお聞きしたいと思います。日比谷高の校長は 何年間務められたのですか。

武内

9年間務めさせていただきました。

河端

都立高で9年は長いですよね。

武內

そうですね。長いと思います。

河端

その間に最も力を入れたことは何でしたか。

武内

すべての面で頑張ったつもりですが、やはり学力形成面で言えば「授業を変える」ことでしょうか。いわゆる知識伝達型の授業から、生徒同士のやりとり、生徒と先生とのやりとりなどが活発に行われる「場面」を作り、そこで考えたことを表現させていく、そんな授業への転換に注力しました。

河端

武内先生が取り組まれた授業改革の成果もあって、ここ数年、日比谷高の東大合格者数が増えて話題になっています。難関4大学(東大・京大・東工大・一橋大)+国立大医学部の合格者数も増えています。この辺りについてはどのように感じていますか。

武内

中学生や保護者の方が、日比谷高の教育理念に共感した上で入学していただけていることと、徐々に進学実績が上がってきたので、それを見て、また志の高い人に日比谷高を選んでいただけるという良い循環もあったと思います。

河端

なるほど。さらには大学への現役合格率も近年かなり伸びていますね。

武内

はい。最後の1年は74%ぐらいまで伸びたと思います。前年と比べて10%程度はアップしたはずです。

河端

日比谷高人気が続く背景には、こうした確かな実績を出し続けているという理由があったのですね。以前お話しさせていただいた際、開成高と日比谷高に同時に受かった受験生の多くが日比谷高を選ぶとお聞きしましたが、今もそうですか?

武内

最後の1年だけは少し減りましたが、全体的な流れを見れば、開成高だけでなく、国立大学附属高や難関私立校の合格を蹴って日比谷高を選ぶ受験生はずっと拡大傾向にあります。

河端

それは東京都民にとっても大変良いことだと思います。他の県だと東大や国公立医学部を目指すなら私立高が主な選択肢になってしまいますが、都民には日比谷高という立派な登竜門があるのですから。これは経済的に少し困窮する家庭にとっても福音だと思います。そういう意味では、都立高校に頑張っていただけていることは我々からしても大変ありがたい。そういうことはお感じになられていましたか。

武内

それは感じておりました。必ずしも経済的に裕福なご家庭の方ばかりではありませんから、「私立に行かなくても希望する進路が叶えられる」ということは、常に自分の中で大きな取り組みテーマのひとつでしたし、日比谷高の校長になったときから、都立でも3年間で目標を叶えられる体制を構築しようと考えていました。

河端

西高や国立高周辺の地域からも日比谷高に通う生徒も多いと聞きます。数字的に見ても、都立高は日比谷一強になっているのではないでしょうか。

武内

少なくとも、当時はそういう風に見られているとの自負は持っていました。

増加する医学部志望者への日比谷高のサポート体制

河端

都立高校から国公立大学への進学に関しては、弊社でも統計を取ったり、数字を調べたりしていますが、現役合格率だけを見ると日比谷高よりも他の学校の方が高いケースも見られます。その理由ははっきりしていて、他の学校は比較的易しい国公立大学の合格で数字を伸ばしていることがあるわけです。難関ではなくても国公立大学に合格すれば費用面の負担は軽減されますから、そこを目指そうという流れが、都立高校全体で見ればありますよね。

武内

そう思います。

河端学院長 武内先生

河端

とはいえ、日比谷高はそういうわけにはいきませんよね。

武内

はい。やはり首都園の難関大学を目指す生徒が多くいます。ただ医学部に関しては、地方も視野に入れた指導を行っていますが。

河端

特に医学部を目指す生徒へはどのようなサポートを行っているのですか。

武内

数年前から医学部の志望者が増加傾向にありましたので、そこに向けて手原い指導が必要だと考え、面接を組織的に行うことや、医学部ガイダンスを複数回実施するなど、積極的な取り組みを始めました。それと、首都圏の医学部がダメで浪人したものの、結局最後は早慶の違う学部に行くというケースが散見されたので、志望する段階で、ご家庭の状況等も含めて、地方に行けるのか行けないのかを確認しています。それによって生徒と相性の良さそうな地方の医学部を選択肢として考えるなど、個々に応じたサポートを行いました。

河端

それは第一志望の大学ではなくても、医者という夢を実現するためには、合格を優先して受験する大学を考えた方が良いという考え方ですか。

武内

そういうことです。

河端

なるほど。確かに医者になれなかった悔しさは一生残るはずですし、仕方なく私立大学の違う学部に行って、諦め切れずに医学部を再受験するケースもあると聞きますから。ちなみに日比谷高で医学部志望は、例年3割ぐらいはいるのですか。

武内

そこまではいないですね。

河端

あと医学の世界は女性も社会的に活躍できる場ですよね。女子生徒の医学部志望者は多いのですか。

武内

はい、結構多いですよ。

河端

当然、難関大学や国公立大の医学部への進学を目指して日比谷高に入学してくる優秀な女子生徒も多いでしょうからね。

学校の特色や個性は入試を通じて見えてくる

河端

ところで、最近、都立高の男女別の定員制について、いろいろと議論されています。武内先生はどうお考えですか。

武内

あくまでも個人的見解ですが、少しジェンダーの問題が前面に出過ぎているような印象を持っています。東京都の公立と私立のバランスや、女子単独校と男子単独校の状況などを考え合わせると、そうしたジェンダーの問題だけでは見えてこない部分もあると思うのですが。

河端

例えば日比谷高で男女別の定員がなくなると、どんな困ったことが起こると想定されますか。

武内

男女のバランスが崩れて、かなり男子が増えると思います。

河端

男子が多くなると、文化祭や体育祭の実行にも問題が出そうです。

武内

行事そのものに大きな問題は出ないと思いますが、むしろ通常の授業が大変かもしれません。一番は体育の授業でしょう。40人1クラスで、ほぼ半分半分の男女比だったものが、仮に女子が10人、男子が30人となれば、2クラス合同にして男女別に授業を行った場合、男子は60人にもなるので、現実的には授業になりません。そうした問題が各所に出てくる可能性はあります。

河端

この男女別定員に配慮した入試は、もう令和4年度からスタートするのですか。

武内

段階的に変更されていく予定なので、まず令和4年度に関しては、すべての都立高校において定員の10%枠についてのみ、男女合同での合格枠を設けることになります。

河端

まずは10%だけ先行される形なのですね。

武内

それがどう段階を経て、どこで完全撤廃されるのかについては、まだ公式には決まっていないようです。

河端

なるほど。しかし、かなり影響がありそうですね。見方によっては、日比谷高から女子生徒が排除されるように見えなくもないですから。

武内

ある程度、そういう傾向は出てきそうです。もともとは女子生徒が不利であると指摘されていた問題ですが、全体的な都立高の傾向とは逆の傾向が、日比谷高には出てくる可能性があります。

河端

なるほど。それともうひとつ、入試制度について伺います。今は日比谷高や西高をはじめとする都立進学指導重点校では、独自問題で入試を行っています。いわゆる自校作成間題です。この入試方法については今の状態が好ましいとお考えですか。

武内

はい。そのように考えています。

河端

それはどういった理由ですか。

武内

数年前までグループ作成という形で、各校共通の問題が用意されていましたが、都立進学指導重点校7校の校長の中では、私一人だけが反対していました。やはり教科の指導力と作問能力は直結するなど、学校ごとに違いがあります。それぞれの学校の生徒の実態に応じて、そこの学校の教員が問題を作ることがベターだと考えます。

河端

確かに日比谷高を目指すような受験生たちであれば、共通問題だと差がつきません。どちらかと言えばそつのない受験生が受かって、アインシュタインのような天才肌の受験生は落ちてしまうという話になります。男女別定員の話もそうですが、学校ごとにそれぞれの特色や個性があるわけですから、武内先生のおっしゃることに納得します。

日本の教育の今後の課題はクリエイティブな人材育成

河端

今の高校教育が抱えている問題は、どのようなことだと思われますか。

武内

どうしてもこれまでは、知識をインプットして、いかにそれを吐き出す能力に優れているかが問われたわけですが、これからは0から1を生み出していくような、クリエイティブな思考力を持った人を育てていくことが必要です。地球規模的な課題を解決するにも、そういったことが重要になってきます。具体的には、クリエイティビティを持った人を育てることが最重要課題だと思います。

河端

おっしゃるようなクリエイティビティの問題は、本当に難しいと思います。手前味噌ながら弊社の社員にも優秀な人材は多いと思うのですが、急に違うことをやれ、違う観点でやれと言ったときに、なかなか対応できる人は少ないように感じます。それは日本の教育そのものにも問題があるのかもしれませんが、何をどう変えれば、クリエイティビティというのは身につくのでしょうか。

武内

やはり自分で問いを立て、その解決策を考えて、検証して、一定の結論に導いていくという学びのプロセスに、早いうちから取り組むことが必要なのでしょう。それはひとりでやるものではなくて、多様性の中で行っていくべきです。いろいろな考えを持った友だちや大人との触れ合いの中で進めていければ、より効果的だと思います。

河端

アメリカなど海外の教育では「自分が他の人とどう違うのかを主張しなさい」と学校の先生が言うわけです。ですから先生が何か問いを発すると、みんながハイと手を挙げて自分の意見を言い合うことが自然に起こります。ところが、日本の場合は「目立つことをするな」「人と違うことをしてはいけない」など、ある意味で真逆のことを教わります。最初からそういったクリエイティビティが育つような土壌や土台がないのではないかと思うのですが。

武内

私が日比谷高で変えたかった授業も正にこの部分です。授業の中で先生が問いかけをして、それに基づいて生徒たちに考えてもらう。そして、考えてもらったことを隣の友だちと意見交換をする。さらに、どういう意見が出たのかを全体の中でいくつかオープンにしてもらう。まずは、そういう積み重ねで良いと私は考えています。それすら何もないまま、ただ先生が発信する情報を聞いて、書きとめるだけみたいな授業があまりにも多すぎるのです。生徒同士、生徒と先生で意見交換する場面をきっかけに、いろいろな考えに触れて気づきを得たり、自分の考えを深めたりする体験が、「あ、こうやって表現すれば良いんだ」という発見に、やがてつながっていくはずなのです。近年「探究的な学び」が注目されているのも、こうした流れが根本にあるのだと思います。

良くも悪くも小さくまとまってしまった日本

河端

武内先生も長年多くの生徒を見てこられたと思いますが、昔に比べて今の高校生は、例えば真面目になった、コッコツやるようになった、いや逆に勉強しなくなったなど、どのように見えていますか。

武内

おっしゃる通り、真面目になった、それから素直になったというのは特色としてあると思います。

河端

昔みたいに型破りな子はいませんよね。

武内

そうですね、あまり見かけませんね。

河端

良くも悪くも小さくまとまってしまっているかなと感じる部分もあります。

武内

今は親御さんに大事に育てられていますから、そうした時代の変化というものも影響しているのかなと感じます。

河端

教育や子どもたちの姿は、社会を反映する鏡のようなものですから、日本の社会そのものに元気がないのかもしれません。私も最近の生徒たちを見ていて、すごく優秀な生徒でも勉強する思考が段々と処理型になってきているような気がしています。

武内

それは分かります。

河端

与えられた問題について、自分が知っているやり方で淡々と処理していくような、まるでパソコンが計算するのと同じ感覚です。一旦、数式を覚えてしまえば、その数式に当てはめてバーッと計算するだけ。国語や英語でも解き方についての解法を知れば、バーッと解いていくだけ。じっくりと立ち止まって考えることは、なかなか今の試験の形状から言っても難しいのかもしれません。短い時間でたくさんの問題を処理しないと合格できないわけですから。

武内

今おっしゃった部分は、やがてAIに取って代わられてしまう部分ですね。そういう意味では、やはり入試自体が変わっていく必要性も一部分にはあるのかもしれません。

河端

ただ日本の中では、入試の制度変更もいろいろ試みはなされてきましたが、結果、東大入試は50年前と何も変わっていないわけです。そこはなかなか難しいのでしょう。しかし、変えなければならない部分は必ずあると感じています。

日比谷高での経験を生かした武内先生の新たなる挑戦

河端

我々enaは、都立中と都立高で大きな実績を挙げています。都立中では九段中等を含む全11校1680名の定員に対して、900名以上の合格者を輩出しました。また都立高でも進学指導重点校7校では学習塾の中でトップの合格者数です。

武内

都立中高に関するenaの強さは、よく存じ上げています。私も西高の副校長時代にena国立校に何度もおじゃまして学校説明会などでお世話になりました。

河端

ただ日比谷高はやはり難しく、前年が32名、今回が41名の合格者でした。今年は最難関校受験を対象に設立した専門校舎「ena最高水準」が7校体制となり、その生徒たちがチャレンジするので、この数字がどこまで伸びるのか期待しているところです。

武内

私も注目したいと思います。

河端

ありがとうございます。さて、武内先生は現在、白梅学園高校で校長をされていますが、日比谷高で培ったことで新しい環境の中に生かそうと考えていることはあるのですか。

武内

はい。来年度からは探究の時間を2単位増設して、先ほどもお話しした、「自分で間いを設定し、探究活動を行い、一定の結論を得る」という学びを取り入れていきます。日比谷高で言えば「理数探究」ですが、本校では「白梅探究プログラム」のようなものを用意して推進していく予定です。

河端

白梅学園は女子校ですが、女子校としての特殊性というのはどう伝えていくのでしょうか。

武内

今は女性も世の中に出て、社会に出て、仕事を持ちながら自己実現と社会貢献をしていく時代です。そのためにも4年制大学への進学にも力を入れたいと考えています。

河端

正に武内先生のこれまでの経験を発揮できる部分ですね。

武内

本校には3つコースがあります。併設の白梅学園大学・短期大学の保育・教育系へ進むコース、それ以外の学部学科の大学への推薦を目指すコース、そして国公立大学や難関私大を目指すコースです。この3つ目の部分で、より組織的な学習指導と進路指導を行っていく予定であり、私の経験も生かしたいと考えています。

河端

最終的には保護者の方の本音は進路にある場合も多いですからね。いろいろ大変とは思いますが、ぜひ頑張ってください。

武内

ありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。

(対談日:対談日2021年11月4日)

武内先生 2ショット写真

武内 彰(たけうち あきら)

1961年東京都生まれ。白梅学園高等学校校長。前東京都立日比谷高等学校校長。東京理科大学理学専攻科修了後、物理教諭として都立高校の教壇に立つ。都立西高等学校副校長、東京都東部学校経営支援センターなどを経て、2012年より都立日比谷高等学校校長に。2021年より現職。主な著書に『学ぶ心に火をともす8つの教え 東大合格者数公立No.1‼ 日比谷高校メソッド』(マガジンハウス)、『日比谷高校の奇跡—堕ちた名門校はなぜ復活し、何を教えているのか』(祥伝社新書)など。

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