広報誌『学』vol22

PICKUP 対談


武内 彰氏武内 彰氏

デジタルパンフレット

武内 彰氏

都立高は「日比谷一強」と言われる背景にあるもの

河端

本日は、今春まで都立日比谷高校で校長を務められ、現在は白梅学園高校の校長である武内彰先生にお越しいただきました。どうぞ、よろしくお願いいたします。

武内

よろしくお願いいたします。

河端

新しい学校での武内先生の取り組みも気になるのですが、まずは日比谷高の校長時代のお話を中心にお聞きしたいと思います。日比谷高の校長は 何年間務められたのですか。

武内

9年間務めさせていただきました。

河端

都立高で9年は長いですよね。

武內

そうですね。長いと思います。

河端

その間に最も力を入れたことは何でしたか。

武内

すべての面で頑張ったつもりですが、やはり学力形成面で言えば「授業を変える」ことでしょうか。いわゆる知識伝達型の授業から、生徒同士のやりとり、生徒と先生とのやりとりなどが活発に行われる「場面」を作り、そこで考えたことを表現させていく、そんな授業への転換に注力しました。

河端

武内先生が取り組まれた授業改革の成果もあって、ここ数年、日比谷高の東大合格者数が増えて話題になっています。難関4大学(東大・京大・東工大・一橋大)+国立大医学部の合格者数も増えています。この辺りについてはどのように感じていますか。

武内

中学生や保護者の方が、日比谷高の教育理念に共感した上で入学していただけていることと、徐々に進学実績が上がってきたので、それを見て、また志の高い人に日比谷高を選んでいただけるという良い循環もあったと思います。

河端

なるほど。さらには大学への現役合格率も近年かなり伸びていますね。

武内

はい。最後の1年は74%ぐらいまで伸びたと思います。前年と比べて10%程度はアップしたはずです。

河端

日比谷高人気が続く背景には、こうした確かな実績を出し続けているという理由があったのですね。以前お話しさせていただいた際、開成高と日比谷高に同時に受かった受験生の多くが日比谷高を選ぶとお聞きしましたが、今もそうですか?

武内

最後の1年だけは少し減りましたが、全体的な流れを見れば、開成高だけでなく、国立大学附属高や難関私立校の合格を蹴って日比谷高を選ぶ受験生はずっと拡大傾向にあります。

河端

それは東京都民にとっても大変良いことだと思います。他の県だと東大や国公立医学部を目指すなら私立高が主な選択肢になってしまいますが、都民には日比谷高という立派な登竜門があるのですから。これは経済的に少し困窮する家庭にとっても福音だと思います。そういう意味では、都立高校に頑張っていただけていることは我々からしても大変ありがたい。そういうことはお感じになられていましたか。

武内

それは感じておりました。必ずしも経済的に裕福なご家庭の方ばかりではありませんから、「私立に行かなくても希望する進路が叶えられる」ということは、常に自分の中で大きな取り組みテーマのひとつでしたし、日比谷高の校長になったときから、都立でも3年間で目標を叶えられる体制を構築しようと考えていました。

河端

西高や国立高周辺の地域からも日比谷高に通う生徒も多いと聞きます。数字的に見ても、都立高は日比谷一強になっているのではないでしょうか。

武内

少なくとも、当時はそういう風に見られているとの自負は持っていました。

増加する医学部志望者への日比谷高のサポート体制

河端

都立高校から国公立大学への進学に関しては、弊社でも統計を取ったり、数字を調べたりしていますが、現役合格率だけを見ると日比谷高よりも他の学校の方が高いケースも見られます。その理由ははっきりしていて、他の学校は比較的易しい国公立大学の合格で数字を伸ばしていることがあるわけです。難関ではなくても国公立大学に合格すれば費用面の負担は軽減されますから、そこを目指そうという流れが、都立高校全体で見ればありますよね。

武内

そう思います。

河端学院長 武内先生

河端

とはいえ、日比谷高はそういうわけにはいきませんよね。

武内

はい。やはり首都園の難関大学を目指す生徒が多くいます。ただ医学部に関しては、地方も視野に入れた指導を行っていますが。

河端

特に医学部を目指す生徒へはどのようなサポートを行っているのですか。

武内

数年前から医学部の志望者が増加傾向にありましたので、そこに向けて手原い指導が必要だと考え、面接を組織的に行うことや、医学部ガイダンスを複数回実施するなど、積極的な取り組みを始めました。それと、首都圏の医学部がダメで浪人したものの、結局最後は早慶の違う学部に行くというケースが散見されたので、志望する段階で、ご家庭の状況等も含めて、地方に行けるのか行けないのかを確認しています。それによって生徒と相性の良さそうな地方の医学部を選択肢として考えるなど、個々に応じたサポートを行いました。

河端

それは第一志望の大学ではなくても、医者という夢を実現するためには、合格を優先して受験する大学を考えた方が良いという考え方ですか。

武内

そういうことです。

河端

なるほど。確かに医者になれなかった悔しさは一生残るはずですし、仕方なく私立大学の違う学部に行って、諦め切れずに医学部を再受験するケースもあると聞きますから。ちなみに日比谷高で医学部志望は、例年3割ぐらいはいるのですか。

武内

そこまではいないですね。

河端

あと医学の世界は女性も社会的に活躍できる場ですよね。女子生徒の医学部志望者は多いのですか。

武内

はい、結構多いですよ。

河端

当然、難関大学や国公立大の医学部への進学を目指して日比谷高に入学してくる優秀な女子生徒も多いでしょうからね。

学校の特色や個性は入試を通じて見えてくる

河端

ところで、最近、都立高の男女別の定員制について、いろいろと議論されています。武内先生はどうお考えですか。

武内

あくまでも個人的見解ですが、少しジェンダーの問題が前面に出過ぎているような印象を持っています。東京都の公立と私立のバランスや、女子単独校と男子単独校の状況などを考え合わせると、そうしたジェンダーの問題だけでは見えてこない部分もあると思うのですが。

河端

例えば日比谷高で男女別の定員がなくなると、どんな困ったことが起こると想定されますか。

武内

男女のバランスが崩れて、かなり男子が増えると思います。

河端

男子が多くなると、文化祭や体育祭の実行にも問題が出そうです。

武内

行事そのものに大きな問題は出ないと思いますが、むしろ通常の授業が大変かもしれません。一番は体育の授業でしょう。40人1クラスで、ほぼ半分半分の男女比だったものが、仮に女子が10人、男子が30人となれば、2クラス合同にして男女別に授業を行った場合、男子は60人にもなるので、現実的には授業になりません。そうした問題が各所に出てくる可能性はあります。

河端

この男女別定員に配慮した入試は、もう令和4年度からスタートするのですか。

武内

段階的に変更されていく予定なので、まず令和4年度に関しては、すべての都立高校において定員の10%枠についてのみ、男女合同での合格枠を設けることになります。

河端

まずは10%だけ先行される形なのですね。

武内

それがどう段階を経て、どこで完全撤廃されるのかについては、まだ公式には決まっていないようです。

河端

なるほど。しかし、かなり影響がありそうですね。見方によっては、日比谷高から女子生徒が排除されるように見えなくもないですから。

武内

ある程度、そういう傾向は出てきそうです。もともとは女子生徒が不利であると指摘されていた問題ですが、全体的な都立高の傾向とは逆の傾向が、日比谷高には出てくる可能性があります。

河端

なるほど。それともうひとつ、入試制度について伺います。今は日比谷高や西高をはじめとする都立進学指導重点校では、独自問題で入試を行っています。いわゆる自校作成間題です。この入試方法については今の状態が好ましいとお考えですか。

武内

はい。そのように考えています。

河端

それはどういった理由ですか。

武内

数年前までグループ作成という形で、各校共通の問題が用意されていましたが、都立進学指導重点校7校の校長の中では、私一人だけが反対していました。やはり教科の指導力と作問能力は直結するなど、学校ごとに違いがあります。それぞれの学校の生徒の実態に応じて、そこの学校の教員が問題を作ることがベターだと考えます。

河端

確かに日比谷高を目指すような受験生たちであれば、共通問題だと差がつきません。どちらかと言えばそつのない受験生が受かって、アインシュタインのような天才肌の受験生は落ちてしまうという話になります。男女別定員の話もそうですが、学校ごとにそれぞれの特色や個性があるわけですから、武内先生のおっしゃることに納得します。

日本の教育の今後の課題はクリエイティブな人材育成

河端

今の高校教育が抱えている問題は、どのようなことだと思われますか。

武内

どうしてもこれまでは、知識をインプットして、いかにそれを吐き出す能力に優れているかが問われたわけですが、これからは0から1を生み出していくような、クリエイティブな思考力を持った人を育てていくことが必要です。地球規模的な課題を解決するにも、そういったことが重要になってきます。具体的には、クリエイティビティを持った人を育てることが最重要課題だと思います。

河端

おっしゃるようなクリエイティビティの問題は、本当に難しいと思います。手前味噌ながら弊社の社員にも優秀な人材は多いと思うのですが、急に違うことをやれ、違う観点でやれと言ったときに、なかなか対応できる人は少ないように感じます。それは日本の教育そのものにも問題があるのかもしれませんが、何をどう変えれば、クリエイティビティというのは身につくのでしょうか。

武内

やはり自分で問いを立て、その解決策を考えて、検証して、一定の結論に導いていくという学びのプロセスに、早いうちから取り組むことが必要なのでしょう。それはひとりでやるものではなくて、多様性の中で行っていくべきです。いろいろな考えを持った友だちや大人との触れ合いの中で進めていければ、より効果的だと思います。

河端

アメリカなど海外の教育では「自分が他の人とどう違うのかを主張しなさい」と学校の先生が言うわけです。ですから先生が何か問いを発すると、みんながハイと手を挙げて自分の意見を言い合うことが自然に起こります。ところが、日本の場合は「目立つことをするな」「人と違うことをしてはいけない」など、ある意味で真逆のことを教わります。最初からそういったクリエイティビティが育つような土壌や土台がないのではないかと思うのですが。

武内

私が日比谷高で変えたかった授業も正にこの部分です。授業の中で先生が問いかけをして、それに基づいて生徒たちに考えてもらう。そして、考えてもらったことを隣の友だちと意見交換をする。さらに、どういう意見が出たのかを全体の中でいくつかオープンにしてもらう。まずは、そういう積み重ねで良いと私は考えています。それすら何もないまま、ただ先生が発信する情報を聞いて、書きとめるだけみたいな授業があまりにも多すぎるのです。生徒同士、生徒と先生で意見交換する場面をきっかけに、いろいろな考えに触れて気づきを得たり、自分の考えを深めたりする体験が、「あ、こうやって表現すれば良いんだ」という発見に、やがてつながっていくはずなのです。近年「探究的な学び」が注目されているのも、こうした流れが根本にあるのだと思います。

良くも悪くも小さくまとまってしまった日本

河端

武内先生も長年多くの生徒を見てこられたと思いますが、昔に比べて今の高校生は、例えば真面目になった、コッコツやるようになった、いや逆に勉強しなくなったなど、どのように見えていますか。

武内

おっしゃる通り、真面目になった、それから素直になったというのは特色としてあると思います。

河端

昔みたいに型破りな子はいませんよね。

武内

そうですね、あまり見かけませんね。

河端

良くも悪くも小さくまとまってしまっているかなと感じる部分もあります。

武内

今は親御さんに大事に育てられていますから、そうした時代の変化というものも影響しているのかなと感じます。

河端

教育や子どもたちの姿は、社会を反映する鏡のようなものですから、日本の社会そのものに元気がないのかもしれません。私も最近の生徒たちを見ていて、すごく優秀な生徒でも勉強する思考が段々と処理型になってきているような気がしています。

武内

それは分かります。

河端

与えられた問題について、自分が知っているやり方で淡々と処理していくような、まるでパソコンが計算するのと同じ感覚です。一旦、数式を覚えてしまえば、その数式に当てはめてバーッと計算するだけ。国語や英語でも解き方についての解法を知れば、バーッと解いていくだけ。じっくりと立ち止まって考えることは、なかなか今の試験の形状から言っても難しいのかもしれません。短い時間でたくさんの問題を処理しないと合格できないわけですから。

武内

今おっしゃった部分は、やがてAIに取って代わられてしまう部分ですね。そういう意味では、やはり入試自体が変わっていく必要性も一部分にはあるのかもしれません。

河端

ただ日本の中では、入試の制度変更もいろいろ試みはなされてきましたが、結果、東大入試は50年前と何も変わっていないわけです。そこはなかなか難しいのでしょう。しかし、変えなければならない部分は必ずあると感じています。

日比谷高での経験を生かした武内先生の新たなる挑戦

河端

我々enaは、都立中と都立高で大きな実績を挙げています。都立中では九段中等を含む全11校1680名の定員に対して、900名以上の合格者を輩出しました。また都立高でも進学指導重点校7校では学習塾の中でトップの合格者数です。

武内

都立中高に関するenaの強さは、よく存じ上げています。私も西高の副校長時代にena国立校に何度もおじゃまして学校説明会などでお世話になりました。

河端

ただ日比谷高はやはり難しく、前年が32名、今回が41名の合格者でした。今年は最難関校受験を対象に設立した専門校舎「ena最高水準」が7校体制となり、その生徒たちがチャレンジするので、この数字がどこまで伸びるのか期待しているところです。

武内

私も注目したいと思います。

河端

ありがとうございます。さて、武内先生は現在、白梅学園高校で校長をされていますが、日比谷高で培ったことで新しい環境の中に生かそうと考えていることはあるのですか。

武内

はい。来年度からは探究の時間を2単位増設して、先ほどもお話しした、「自分で間いを設定し、探究活動を行い、一定の結論を得る」という学びを取り入れていきます。日比谷高で言えば「理数探究」ですが、本校では「白梅探究プログラム」のようなものを用意して推進していく予定です。

河端

白梅学園は女子校ですが、女子校としての特殊性というのはどう伝えていくのでしょうか。

武内

今は女性も世の中に出て、社会に出て、仕事を持ちながら自己実現と社会貢献をしていく時代です。そのためにも4年制大学への進学にも力を入れたいと考えています。

河端

正に武内先生のこれまでの経験を発揮できる部分ですね。

武内

本校には3つコースがあります。併設の白梅学園大学・短期大学の保育・教育系へ進むコース、それ以外の学部学科の大学への推薦を目指すコース、そして国公立大学や難関私大を目指すコースです。この3つ目の部分で、より組織的な学習指導と進路指導を行っていく予定であり、私の経験も生かしたいと考えています。

河端

最終的には保護者の方の本音は進路にある場合も多いですからね。いろいろ大変とは思いますが、ぜひ頑張ってください。

武内

ありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。

(対談日:対談日2021年11月4日)

武内先生 2ショット写真

武内 彰(たけうち あきら)

1961年東京都生まれ。白梅学園高等学校校長。前東京都立日比谷高等学校校長。東京理科大学理学専攻科修了後、物理教諭として都立高校の教壇に立つ。都立西高等学校副校長、東京都東部学校経営支援センターなどを経て、2012年より都立日比谷高等学校校長に。2021年より現職。主な著書に『学ぶ心に火をともす8つの教え 東大合格者数公立No.1‼ 日比谷高校メソッド』(マガジンハウス)、『日比谷高校の奇跡—堕ちた名門校はなぜ復活し、何を教えているのか』(祥伝社新書)など。