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小中学部
スモールステップで課題を解決しよう
投稿日: 2025.12.20 6:39 pm
こんにちは!ena我孫子の渡邊です。
突然ですが私は今、怒っています。
宿題をやってこない人が多い!!!
先週の数学の授業で、宿題を持ってきたのはわずか一人だけでした。
これでは授業中にどれだけ頑張ったとしても、その知識が定着しません。
特に、数学は解き方を手が覚える(学習の五段階の「考えなくても解ける」段階)ところまで練習を重ねないと、受験で使えるものにはならないのです。
中学一年生を集めて、宿題の重要性について話しました。
宿題を出しているのは、みんなへの嫌がらせではないということ、人は忘れてしまうものだから(忘却曲線)、どんなに授業を頑張ったとしても復習しないと無に帰してしまうということ、自分の実力アップのためにやっているのだから、先生に謝る必要はないということ、しかし自分のために頑張れなかったのだから、自分に謝罪して、まずは自分のために努力できる人になってほしいということ・・・・・・etc
しかし次の週になっても、宿題の提出状況はほとんど変わりませんでした。
人は正しさで動くわけではないのです。わかっていてもできないことはある。準備のない人の心に、言葉は届かないのです。
では一体どうしたらいいのか……
考えてみると、自分の宿題の出し方にも問題があったかもしれないということに思い至りました。
思い返せば、9カ月前まで小学生だった今の中学一年生。
最初は勉強についていけていた子も、特に数学や英語など難易度も上がり、だんだんと苦手意識が芽生えたり、勉強に手が伸びなくなってくる時期です。
でもみんな、勉強ができるようになりたいという気持ちは同じ。
それなら、生徒が勉強に向かいやすいような環境を作ることも、教師の仕事ではないか・・・?
翌週、中一には少し変わった宿題を出すことにしました。
実際のホワイトボードです↓
宿題を、7段階に分けて出すことにしたのです。
宿題は「自分のためにやるもの」。
中学生になると、部活や委員会などで頑張っている子は、学校の宿題や小テストの勉強をこなすだ毛で手いっぱいになってしまう週もあります。
だから自分で、「自分に今必要な量」「今できる中で最大の量」を考え、自分のために努力する。
一週間頑張ってみて、何番までできたか教えてほしい。
これを宿題としました。
宿題を、「出されたからやるもの」「やらないと怒られるもの」から「自分のためにやるもの」に変えてほしい。
私は普段、宿題を出す時、このようにホワイトボードに書いていました。
↑7段階で出したもの同じ範囲を、普段の書き方で書いたものです
大人の私たちにとってはシンプルで見やすいですが、子供たちは一目全部で4ページあることを確認して、絶望して手を付けなくなってしまいます。
ですがこの宿題、ページ数は多いように見えて、解く問題はそれほど多くないのです。
まず、92,93ページは授業で扱っているページで、ほとんどの人は92ページまで終わっているか残っていても数問なので、実際に取り組むのは1ページと少し、ということになります。
93ページは92ページでやったものの数字を変えただけの問題なので、わからなくなったらノートを見直せば、授業でやったやり方を繰り返すだけで完答できるページです。
このあたりで生徒たちには、「自分にもできた」という感動と、「楽しいかもしれない」という気持ちが生まれます。(そうであってほしい)
こうなってしまえばもうこっちのものです。88,89ページは、4題で2ページにわたっていることからもわかるようにすこし骨のある問題です。
ですが、問題文が長いということは「導入が丁寧」ということの証でもあります。
難しい問題もありますが、そこに至るまでにいくつか簡単な問題でステップが踏まれていて、そ一つずつ解いていくことで前の問題をヒントに、生徒が自力でも最後の問題まで到達できるように作られているのです。
この、「小さなステップを踏む」ということが非常に大事だと考えています。
中学生は、勉強が難しくなることはもちろん、勉強以外の学校生活も忙しくなり、悩みも増えます。
宿題に手が伸びない日もあれば、部活で疲れ果てて帰ったらそのまま寝てしまう、委員会の仕事を持ち帰って頑張っている人もいれば、すべてが嫌になって学校に行きたくなくなってしまうようなこともあるでしょう。
ですが、どんなにしんどくても日常は続きます。立ち止まりたくても立ち止まれない、一休みしても、後でそのツケを払わなければならないので、休みたくても休めない。
「何もしない日」「ゆっくり休む日」を作ることが最も直接的な回復方法ではあるのですが、そんな日々の中では「立ち止まって何もしないこと」は致命傷になってしまいます。
ですので、多少惰性になってしまったとしても「なんでもいいから少しはやる。」ということが大切になってくるのです。
私がおすすめするのは、「嫌なこと、憂鬱なこと、やりたくないこと、を”いくつもの小さなステップに分解してみる”」という方法です。
例えば「学校に行きたくない」と思ったとき、「学校に行く」という動詞にはいくつもの「小さな動詞」が含まれていると考えるのです。
「顔を洗う」「朝食を食べる」「歯を磨く」「着替える」「靴を履く」・・・・・・。
もっと細かく粒に砕くこともできるでしょう。
そうなれば後は、「学校に行くのは嫌だ。でも、顔を洗うところまではやろう。」「朝食は食べよう」「着替えるところまではできるかもしれない」と、
小さな粒の中から少しずつ、できそうなことを探してやってみるのです。。
人間は、動き出してしまえば案外動けてしまうものです。
極端な話、靴だけ履いて「よし、今日は頑張ったぞ」と帰ってきてしまう日があってもいいんじゃないかなと思うのです。
小さなステップを踏んで、それを毎日少しずつ、できることを増やしていくということが大切だと思います。
今回は宿題に「①テキストとノートを開く」という段階を入れました。
小さすぎるステップかもしれませんが、宿題範囲を確認しただけで絶望して諦めてしまうことと比べればその成果には天と地ほどの差があると思います。
なにせこれではテキストもノートもカバンの中で眠ったままなのですから。
テキストとノートを開いてみれば違った世界が見えるようになるかもしれません。
まずは机に向かって、その世界と向き合うこと。それが勉強の第一歩かなと思います。
そして最終的には、宿題の⑤にもあるとおり「楽しくなってきて」ほしい。「わかる」「できる」楽しさを味わってほしい。
そんな思いでこれからも生徒たちと向き合っていきます。
ena我孫子 渡邊
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