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小中学部
人事を尽くして天命を待つ。
投稿日: 2026.02.7 10:00 pm
みなさんこんにちは。
ena方南町の堀田です。
”勝負は時の運” ”勝つも負けるも運次第”なんて言葉がありますよね。
事実として、「十分に鍛錬を積んだが、運に嫌われてうまくいかなかった」ということもよくある話です。
逆に「ここさえうまくいっていれば」「できることは全部やったのに」という感想を持ったことも多いと思います。
果たして本当にそうでしょうか?
「運に嫌われてうまくいかなかった」ということはすなわち「運に嫌われなかったらうまくいっていた」ことを指します。
「運に嫌われなかった」ということは「必ずしも運が良かったわけではない」となります。
では「運が良いわけではなくてもうまくいっていたかどうか」について考えたことはあるでしょうか。
言葉遊びが過ぎましたね。私が言いたいのは「運を言い訳の道具にしていないか」ということです。
もちろんそこまで深い意図はなく、ただ口から出てしまっただけかもしれません。
ただし、偶然かどうかは別として、一度運のせいにしてしまうとその時点でそれ以上の成長が見込めなくなります。
だって負けたら全部”運が悪かった”せいですからね。
対戦ゲームで負けると「おまえ、運よすぎな?」
100m競争で負けると「マジでタイミング悪かったわ」
テストの点が低いと「やったとこ全部出なかった」
挙句の果てには寝坊して「いつもなら起きられてたんだけどな」
人間だれしも「自分が悪い」という結論にだけはたどり着きたくないものです。
なので最も手っ取り早く、かつそれらしい言い訳として「運」に言及します。
たとえ勝った側が血の滲むような努力をしていたとしても。
対戦ゲームで勝つために「ひたすらトレーニングモードで練習した」
100m競争で勝つために「姿勢と蹴りだし角度の研究をした」
テストの点を上げるために「範囲のすべてを網羅した」
寝坊しないためには…「アラームを3重にセットした」とかになるかな?
勝った側の人が勝利コメントとして「運が良かったです」というのと、
負けた側の人が「運が悪かったです」というのは天地の差があります。
当然、本当に運が悪かっただけの場合ももちろん存在します。
ただそんな場合でも、ストイックに自分の改善点を探して前進することができるかどうか。
そこに自分自身の生きざまが現れます。
小6生の入試が終わり、結果が出るタイミングが目前です。
方南町の先生として、皆さんが頑張って頑張って頑張って頑張ったのは誰よりも知っています。
その結果がどんなものだとしても、それで終わらずに前に進めるかどうか。
結果が出る前の今だからこそ、これまでを振り返る余裕があります。
人事は尽くしていたならば深い後悔はないはずです。
受検がゴールではないからこそ、前を見据えていきましょう。
堀田
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