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小中学部
6.18 日刊ena塩浜 -もらいもの➀-
投稿日: 2026.06.18 8:32 pm
こんにちは、ena塩浜の青木です。今ぐらいの季節の夜の風が好きです。
6月18日、木曜日。
定期テストシーズンも過ぎ、部活も再開しているため、
授業外で来る中学生の数は少し落ち着き始めましたが、
中3生はさすがにそれでも自習しに来る子たちがいて、
小学生も相変わらず確認テストやら宿題やらでさまざまな学年の子たちが足を運んでくる今日この頃です。
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先日、前任校ena玉川上水のずいぶん昔の卒業生たちと食事に行ってきました。
もうとっくに社会に出ている世代なので、30人以上いた学年のうちのわずか5名とでしたが、
とても楽しい時間を過ごさせてもらいました。
今では受験生に「毎日登塾」を掲げて指導をするena、その当時にはそれはありませんでしたが、
彼ら本人たちは授業がないときにも校舎に来て自習、授業のあとも残って自習、という文化を作り、
彼らの保護者様方は当時まだペーペーだった私を保護者面談を通して鍛えてくださり、
あの校舎も今の私のことも作り上げてくれた、とても大切な世代です。
卒業生には実はそんなに積極的に会いたくはない、というのを、
ちょこちょこブログなどで書いています。
当時の稚拙な教務力のために合格させられなかった子たちも、
今の自分であればきっと別な結果にしてあげられるため、
その如何ともしがたい後悔がどうしても脳裏をよぎるためです。
が、実は今回、初めてその感情を打破される思いを味わわされました。
今回あった5名のうち3名は都立中受検のために小学生のときから通ってくれた子たち、
そこで合格させてあげることは出来ず、中学部の3年間も通ってくれて、高校受験をしていった子たちです。
あとの2名、中学生になってから通ってくれた1名と小学生時にはenaのほかの校舎に通っていた1名を加えた、
彼らの進路は以下の通りでした。(正確には1名詳細を聞きそびれたので4名分)
立川高校⇨看護系大学⇨大学院⇨助産師
立川高校⇨慶応大学⇨金融大手
国分寺高校⇨都立大⇨東大院⇨金融大手
国分寺高校⇨都立大⇨公務員
中学受験、高校受験までしか責任を負えないこの仕事ですが、
だからこそ、その目の前の結果だけでなく、その先も歩けるような子たちに育てる、
ということを念頭に仕事をしています。部下とか若手にもちょくちょく伝えています。
例えば高校受験であれば、一部の教科に特化して勉強させて、本来の学力帯よりも上の学校に行かせる、なんてこともできなくはありません。
が、結局は中学も高校も過程でしかないので、ゴールでもなんでもないものだけに照準を合わせたその生き方は正しくないと思っています。
入ってから何をやるか、どうなるか、そしてその後どう進めるかの方が大切だと思います。
だから、リベンジ組の子たちの高校受験を合格で締めくくることができたときにも、
いつも相反する二つの思いを抱きます。
都立中に行くことも過程・手段に過ぎないのだから、それと同等の価値ある進路を進ませることができてよかった、という思いと、
そもそもの過程・手段として都立中という選択肢を希望していたのだから、たとえ自校作成校なり私立難関校なりへ合格してもらうことができたとしても、本当の意味での罪滅ぼしが出来きってなどはいない、という思いです。
今回の食事の場の笑い話の一つとして、彼らが口にしていたものの一つに、
「大学受験が終わった頃に○○先生(当時の私の相方の数学の教師)と話したときに、
『東大に行った奴はいたか』と聞かれ、いない、と笑った」
というものがあったのですが、
歴代の私の教え子(日特など除く、自校舎の生徒のみ)の中で、東大京大東工大にまで届いたのは、都立武蔵中に行った子たちと西高に行った子たちです。
これまで都立中に通して上げられなかった子たちも、もし通して上げられていたら、もっと別な道を進めていたのではないかと、
その思いはどうしても付きまとってきます。
ちょっとどうしても長くなってしまうので、本日はここまでにして、また続きを書きます。
ena塩浜 青木
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