広報誌『学』Vol.18

PICKUP 対談
尾﨑治夫尾﨑治夫氏
武見敬三武見敬三氏
山口真由山口真由氏
河端真一 × 尾﨑治夫
収束か? 再び増加か? コロナの現状を聞く
河端新型コロナウイルスに関しては、いろいろなメディアに多くの専門家が登場し、我々は誰の話を信じれば良いのか分からなくなるときがあります。その点、尾﨑先生のご説明はとても分かりやすく、いつも参考になります。今日も非常に楽しみです。よろしくお願いいたします。
尾﨑よろしくお願いします。
河端今日はシルバーウィークの連休明けですが、ここ最近は都内の感染者数も一時期より落ち着いてきたように思われます。専門家のお立場からはどのように見られていますか
尾﨑確かに1日に400名以上の感染者が出ていた頃を考えれば、ある程度は落ち着いてきたと言えそうです。ただ日によってPCR検査の数に偏りがありますので、楽観視はできません。例えばこの連休中は2桁の感染者数が3日間続きましたが、これは休日で検査数自体が少なかったことが要因です。恐らく検査数は400件前後だったと思いますが、最近は平日なら4000件以上は行われていますから。今日も都知事から電話があり、「150名は超えそう」とのことでした(最終的には195名)。この4連休でかなりの人が動きましたから、その影響も今後出てくるはずです。冬場にかけて再び増加傾向になる可能性も否定できませんし、もうしばらく推移を見守りたいところですね。
河端10月からは尾﨑先生が懸念されている「Go To トラベルキャンペーン」が東京も対象となるとの発表がありました。
尾﨑経済を回す必要があることは十分に理解しておりますが、行動範囲を一気に全国に広げるのは少し怖いですね。やるのであれば、まずは東京都内の散策から始めるのが良いと思います。そうした動きには都からも助成があるとのことですし、東京にお住まいでも東京タワーに昇ったことのない方もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。そういう意味では「近所旅行」で話題の星野リゾートの「マイクロツーリズム」のような考え方には私も賛成です。「Go To トラベル」もまず都内から始めて、神奈川、千葉、埼玉などの隣県に広げ、しばらく様子を見て大丈夫そうなら、段階的にエリアを広げるのが理想だと思います。
河端東大の先端科学技術研究センターの児玉龍彦名誉教授が、ウイルスが「東京、埼玉型」に変異したと以前話されていましたが、その辺りも関係してきますか。
尾﨑変異そのものは諸説あり、まだ研究段階なのですが、ひとつ考えられることは東京には埼玉だけではなく、神奈川、千葉など隣県から多くの方が毎日通勤されていますから、実は想像以上にウイルスが隣県に広まっており、ある程度の免疫が既にできている可能性があります。一方で例えば青森、岩手、鳥取など、感染者が数名しか出ていない地域は、当然免疫はありませんから、そこに東京から出かけられて万が一感染が広がってしまうと大変です。そうしたことを我々は危惧しています。
河端児玉教授に関しては、世田谷区民全員にPCR検査を実施するという話もありました。予算的なこともあって実現しなかったようですが。
尾﨑予算だけではなく、課題はいろいろありましたね。加えて地域住民に一斉に検査を行っても正直効果は薄いと思われます。PCR検査は数も大切ですが、もっと効果的に検査を行うことが必要なのです。
PCR検査で優先すべき3つの目的とは?
河端PCR検査を行う目的にもいくつかパターンがあるのですか。
尾﨑今、優先すべきPCR検査は3種類だと考えます。まずは「診断に必要なPCR検査」。医師が診察して「検査が必要だ」と判断したケースです。東京は唾液による検体の採取ができるようになり、より安全な検査が実現されました。検査が受けられる拠点も東京都が集合契約で医師会を介して結んでいる数が1100カ所近く、直接個人が東京都と契約している数で500カ所前後、それと病院自体がもともと行政検査として行っていたのが110カ所程度あり、合計すると約1700カ所にまで拡充されています。目安は人口1万人に対して1カ所と言われているので、人口1400万人の東京で言えば1400カ所、つまり計算上は東京では検査態勢が整っていると言えます。ただし日本全国で見ると、まだ感染の疑いのある人でも検査を受けられないケースがかなりあります。こうした診断に必要なPCR検査を全国的に行える環境を用意することが急務なのです。
河端感染者数の違いはあるにせよ、PCR検査にも地域格差が生じているのですね。
尾﨑次に必要なのが「公衆衛生のためのPCR検査」です。一時期、夜の街として新宿の歌舞伎町をはじめ、「エピセンター」の存在が取り上げられました。そうした感染拡大の恐れがある場所は補償を用意して休業要請するのがベターだと思いますが、その際に徹底してPCR検査を行うのです。例えば対象が1万人いれば、1日1000件として10日間で全員分の検査ができます。その間はもちろん全員隔離して、人との接触を断ちますから、検査がすべて終わる頃には感染力も弱まり、結果として感染の広がりを抑えられます。
河端検査できる拠点が都内1700カ所もあれば、1日1000人分のPCR検査は十分可能だと思えるのですが。
尾﨑ところが公衆衛生的な検査は、診断に必要な検査ではないので、我々医師はなかなか動けません。厚生労働省で定める管轄とは異なるからです。その代わりと言っては何ですが、例えば今や研究が進んでいる大学では、1000件規模でPCR検査が行える設備が整っているところがいくつもあります。そこで対応できれば良いのですが、今度は文部科学省が自分たちの管轄ではないと言い張るわけです。
河端菅首相がおっしゃるところの「縦割りの弊害」ですね。
尾﨑そして3つ目が「社会経済を動かすためのPCR検査」です。例えば「Go To トラベル」で旅行をするのであれば、新幹線や飛行機に乗る前に検査を受けられるようにすべきです。陰性だからと言って100%安心とは言えませんが、やらないよりは絶対にやった方が良いと思います。
河端PCR検査の精度の信頼性は約7割と聞いています。
尾﨑そうですね。一般的に7割程度と言われていますが、現場の試薬の調整や管理もしっかりしてきましたので、今は8割から9割は信頼できると思います。
河端偽陽性はまだしも偽陰性は怖いですよね。陰性と聞くと安心して大胆に行動してしまう可能性もありますから。
尾﨑確かに新型コロナ感染者の約4割は無症状の人からうつったと言われますから余計に怖いですね。とはいえ、どのような検査でも100%はありえません。検査結果は参考にしつつ、たとえ陰性であっても引き続き人にうつさない最低限の注意を継続することは必要です。実はインフルエンザの検査も精度は6割から7割でPCR検査と大差ありません。それでもインフルエンザについてはあまり報道されず、新型コロナの精度ばかりが問題視されることに少し違和感があります。例えばうちの病院に急に39度の熱が出て、ひどい筋肉痛がするという患者さんが来て、インフルエンザの検査で仮に陰性が出た場合、「検査は陰性でも症状を診る限りインフルエンザだと思うので、しっかり休んで治しましょう」と伝えます。検査結果だけを見て、簡単に「大丈夫です」とは言えませんから。
コロナ対策における国の役割と地方の権限
河端まだまだ予断を許さない状況は続くと思いますが、ここまでのコロナ対策を振り返って感じることはありますか。
尾﨑第1波の4月から5月にかけてのピーク時は1日100人から200人の感染者が続いていました。そして政府は明言しませんが我々は「第2波」と呼んでいる現在も200 人前後で推移することが多く見られます。ただし現在は4000件から5000件のPCR 検査を行っているのに対して、4月はせいぜい1日200から300件程度でした。その中での200人の感染者ですから、状況は全く異なります。当時は医療現場も感染の全体像が掴めず、ひたすら日々の対応に追われていました。
河端河端真一 × 尾﨑治夫感染者が出始めた当初は、37.5度以上の熱が4日間続けば病院で受診という条件がありましたね。
尾﨑あの対策は、ある意味では正解だったと考えています。結果的に普通の風邪だった人が発熱1日目に大騒ぎして病院に押し掛けるような状況になれば、コロナの患者さんと混合して収拾がつかなかったはずです。しばらく様子を見て普通の風邪と違うことに気づいてから受診する流れは、医療崩壊を防ぐ意味でも必要なことでした。ただ一方で、発熱から4日間待ってからの診察になったため、重症や中等症にまで進む人が多くなってしまったケースは少なからずあったと思います。
河端全く未知のウイルスでしたから、医療現場にも相当のご苦労があったことは想像できます。
尾﨑ここに来てPCR検査も増え、治療時の対処も標準化しつつあります。当時はたとえ濃厚接触者であっても、発病していない人はPCR検査を受けることができませんでした。今は濃厚接触者は全員検査を受けられます。また治療面では中等症になってもレムデシビルやデキサメタゾン、あるいはアビガンなどの薬を上手く組み合わせることで、重症化を防ぐ効果を上げられています。感染者数は増えつつも重症者数あるいは死亡者数が抑えられている裏側には医療現場の進歩があります。
河端河端真一 × 尾﨑治夫一方で今回のコロナ禍においては、地方自治体ごとの対策が知事の言葉などを通じて積極的に発信されました。自分たちが選挙で選んだリーダーがどう対処してくれるのかを実感できる良い機会になったと思います。
尾﨑それと同時に国と地方との連携の難しさも感じました。例えば人口1400万人で連日多くの感染者が報告されている東京と、長らく感染者が出なかった岩手とでは様々な面で環境が異なりますから、これを国が一律で感染対策せよと言ったところで破綻してしまいます。人口密度も違うし、繁華街の数や規模も異なるでしょうし、その対応策も違って当たり前。そのことからも各都道府県では知事が権限を持って、自分たちの地域に合った対策や判断を行うことが理想です。
河端その通りだと思います。
尾﨑最低限の共通項の整理と、万が一のときはこうするという法的整備は国がやるべきで、その中で自分のところはどう対処していくのかは各都道府県の知事に任せれば良いと思います。
河端国は大枠でのバックアップに徹するということですね。
尾﨑そうです。PCR検査数を増やします、補償はこうやります、いざとなったら法的手段を考えましょう、と安心して各地域が動ける体制を用意することが国のやるべき仕事のはずです。もう少し柔軟に国と地方が連携できれば良いと思うのですが。
多くの方々に伝えたいコロナ感染の真実
河端一時期は、夜の街関連の感染者数の割合が高かったのが、最近は感染経路不明者とともに家庭内感染の割合が高くなっています。これには読者の方々も非常に心配されていると思うのですが、尾﨑先生の見解を聞かせてください。
尾﨑家庭内感染ということは、誰かが家庭にウイルスを持ち込んだことになるわけですが、その件でぜひ読者の方にお伝えしたいことがあります。PCR検査で陽性になった人は保健所などで詳細を把握するために質問を受けますが、「どこのお店へ行きましたか?」「誰と行きましたか?」と質問されても、なかなか正直に答えない人が相当数いると思われます。答えると当然そのお店や同行者、さらにはその先にまで調査が入るため、多くの人に迷惑をかけてしまうのを恐れてのものです。このような実際には心当たりのある人も含めて感染経路不明者となります。
河端テレビなどで感染経路不明者が増えたと報道されると、どこでうつるか分からない恐ろしいウイルスだと感じますね。
尾﨑ただ私見ではありますが、実際に感染された人の9割ぐらいは飲食の場、特にお酒を伴う場所だったと考えて良いのではないでしょうか。感染リスクが生じるのはマスクを外して唾液が飛び交う場所ですから、飲食時が要注意です。ただマスクを外してもおとなしく食事をすれば飛沫の心配はありません。やはりお酒が入る会食で、気が大きくなり、声も大きくなって唾液も飛び交う。こういう状況を15分もやっていればかなりの確率で感染します。
河端なるほど。確かにそうですね。
尾﨑感染を広げないためにも、特に家庭を持っている人、高齢者と同居している人、教育や医療に関わっている人などは、ワクチンも有効な薬もまだない今の時代は、外での飲食はどうか我慢していただきたいのです。どうしても飲みたければ、ぜひ家で飲むようにしませんか。私もそうしています。
河端それはぜひ読者のご家庭でも徹底していただきたいですね。あともうひとつ、お子さんを持つ保護者の視点から伺うと、0歳から10代、さらには20代ぐらいまでの若い世代は感染者は出ても重症者はほとんど出ていません。これは若い人は重症化に関しては安心しても良いということですか。
尾﨑確かに統計上の数字を見ても「若い世代は感染しても重症化しない」ことは事実だと言えそうです。ただ小さなお子さんでも川崎病のように血栓を起こしたり、血管に変化が生じたりするケースはあります。また感染して味覚を感じなかった人が、完治したにもかかわらず味覚が戻らないケースも報告されています。こうした症状は死亡者や重症者の数には反映されません。つまり、命という意味では安心かもしれませんが、何かしらの後遺症が残る可能性はありますし、当然ながら若い人も感染しないに越したことはありません。風邪はひいても治れば何も残りません。インフルエンザでもそうです。ただし今回の新型コロナウイルスは通常の風邪とは少し違うと考えるべきです。何より若い人は感染しても無症状で自覚がありませんから、感染を広げてしまうリスクを背負っています。自分の親や祖父母にうつしては大変です。社会の中のどういう位置づけで自分たちが生きているのかを考えて行動してもらいたいと思います。
河端今回のコロナ禍で健康に関する国民の関心は一気に高まりました。そこだけを取り上げれば良かった点と言えるかもしれません。
尾﨑そうですね。特に日本人は手洗い、うがい、マスクをこれだけ徹底していますから、今年の冬はインフルエンザの大流行を防げることにも期待したいところです。またコロナに関して言えば、マスクをして外に出て、歩いたり運動したりする中で人とすれ違うだけでは、感染することはありません。スーパーなどでのショッピングも、ほとんどの人がマスクをして、入場時にアルコール消毒や検温を徹底していますから、まず感染の恐れはないと言えるでしょう。要は狭い空間でマスクを外すような場所を避けること。ポイントはそこです。そこさえ気を付ければ、普通に生活しても大丈夫です。あまり臆病になり過ぎずに、コロナと向き合いましょう。
予防医療にもつながる医者と患者との触れ合い
河端尾﨑先生の病院にも診察に来るというより、先生との会話が楽しみで来院するような患者さんもいるのではないですか。
尾﨑大勢いますよ。特にお年寄りの方ですね。最近はお年寄りの患者さんには、コロナが怖くてなかなか外に出たがらない人が結構います。でもお年寄りはずっと家の中にいるだけでは足腰が弱ってフレイル(高齢者が筋力や活動が低下し要介護状態に陥りやすくなっている状態)になってしまうので、そっちの方が怖いですよと伝えています。これまでの医師は病気を診断して薬を処方するのが仕事でしたが、これからは病気を治すだけではなく、病気にさせない予防のためにも注力すべきというのが持論です。そんな予防に貢献した医師に診療報酬が支払われるような体制になるといいですね。
河端それは素晴らしい考えだと思います。そのためには医者と患者とのコミュニケーションが欠かせませんね。
尾﨑河端真一 × 尾﨑治夫最近は電子カルテを使い、検査結果もモニターで患者に見せるなど、最新機器による診療が増えつつあります。私は診療に聴診器を使いますが、若い患者さんだと「今も聴診器を使うんですね」と言われることもあります。心臓弁膜症のチェックも時代は超音波検査かもしれませんが、私は未だに音による判断です。便利で手軽ではあってもあまりに機械に頼り過ぎると、患者さんとの触れ合いの時間がなくなってしまう気がしているのです。
河端今は血圧も機械に腕を入れてボタンを押せば誰でも簡単に測定できます。
尾﨑私は今も患者さんの腕に手で巻いて聴診器を使って血圧を測っています。そして測りながら、「調子はどう?」「痛いところなかった?」などと対話するわけです。その対話の中から発見できることも数多くあります。ただ悪いところを見つけて、「はい薬です」で終わってしまう診療では少し寂しいですね。コミュニケーションが何よりも大切という信念でこれからもやっていくつもりですし、そのコミュニケーションの延長線上にこそ予防医療につながることがあると思うのです。
河端私も思うのですが、恐らく患者さんは自分でも改善すべき点は分かっているものの、それでもお医者さんから直接指摘してもらいたいのではないでしょうか。お互いのやりとりを欲しているのです。まさに先生のおっしゃるコミュニケーションの部分ですね。思えば学習塾の指導も同じかもしれません。勉強しなければならないのは生徒たちも分かっています。でも先生や親から勉強しなさいと何度も言われないとやらない。人間にはそういう心理があると思います。
尾﨑なるほど。患者さんも医者から言われた当日や翌日ぐらいは言うことを聞くのですが、しばらくするとすぐ元に戻ってしまいます。これも勉強と同じかもしれませんね。
河端河端真一 × 尾﨑治夫そうですね。「勉強しろ」を繰り返してもなかなか効果は上がりませんが、ふと気分転換で一緒に散歩をしながら雑談するだけで、「先生、明日から勉強頑張ります」という気持ちになる生徒もいます。コミュニケーションが不足すると、人間の心のつながりなども一緒になくなってしまうのかもしれませんね。コロナ対策に加え予防医療の話といい、コミュニケーションの話といい、今日はいろいろとお話しいただきありがとうございました。先生の今後のさらなるご活躍に期待します。
尾﨑コロナで世の中が大きく変わりましたが、何かを変えるには良い機会と捉えて頑張ってまいります。今日はありがとうございました。
(対談日2020年9月24日)
尾﨑 治夫(おざき はるお)
1951年東京都生まれ。公益社団法人東京都医師会会長。おざき内科循環器科クリニック院長。1977年順天堂大学医学部卒業、医師国家試験合格。1979年同大医学部循環器内科学講座入局。1990 年東久留米市におざき内科循環器科クリニック開設。2002年東久留米医師会会長、2011年東京都医師会副会長を経て2015年から会長を務める。疾病予防に有効なたばこ対策と要介護を未然に防ぐためのフレイル対策に注力している。
河端真一 × 武見 敬三
コロナ対策最優先の菅首相は手堅い改革派
河端7年8カ月ぶりに新しい首相が誕生されるという、大変お忙しい時期にお時間をいただき恐縮です。今日はよろしくお願いいたします。
武見こちらこそよろしくお願いします。自民党の総裁選では選挙対策本部の役員を務めていた関係もあり、菅首相誕生までの流れが無事に終わってホッとしているところです。
河端菅首相はどのような方なのですか。我々が報道を通じて知るところでは「縦割り行政の打破」など、改革の人というイメージもありますが。
武見確かに改革派ではありますが、突っ走るタイプではなく、いわば非常に手堅い改革派とでも言うのでしょうか。しっかり準備を整えたうえで決断される方ですよ。
河端なるほど。こうした政治の裏話もお伺いしながら、お話を進めていければと思います。さて、武見先生に何よりお聞きしたいのは、やはり新型コロナウイルスに関してです。菅首相も最優先課題とお話しされていましたが、まさに政治の中枢にいらっしゃるお立場から見えるコロナの現状はいかがでしょうか。
武見PCR検査を増やしていくとの方針がありますから、これからも感染者数はある程度は増えるだろうと考えています。ただし、重症化する人、亡くなる人はどんどん減っていくはずです。4月上旬は75歳以上で感染した人の15%から20%の人が亡くなっており、80歳を超えると25%以上、実に4人に1人が亡くなっていました。それが今では10%以下の数字で落ち着いています。この背景には、感染したとしてもアビガンなどを使い重症化予防の治療方法が改善されてきたということがあります。
河端まだアビガンは治療薬として承認されていませんね。
武見はい。ただ治験はかなり進められており、かなりポジティブな結果も見られるそうです。そう遠くない時期に承認され、もっと広く使われるようになるのではないでしょうか。
河端そうなることを期待したいですね。実は我々enaには生徒さんや教職員を合わせると2万人程の関係者がいますが、今のところ1人も感染者が出ていません。
武見それはすごいですね。
河端以前、「満員電車やパチンコ店でクラスターが発生しないのは会話がないから」という話をお聞きして、社内のコミュニケーションは基本的にに筆談かメールで行うことを徹底させました。そしてもちろん、夜の街は厳禁です。また夏期合宿の前後で参加する全教師に抗体検査を受けさせました。感染対策の監修を国内最初のワクチン開発に取り組んでいらっしゃる大阪大学大学院の森下竜一教授にお願いしたのですが、抗体検査では偽陽性の可能性はあっても偽陰性は出る可能性が非常に低いとのことでした。つまり抗体検査で陰性が出れば安心できるということです。ただ感染後、抗体検査で陽性反応が出るまで5日間~1週間程かかるので、我々は合宿終了後にも再度検査を受けさせることにしました。これで陰性なら教師から生徒に感染はないということになります。そこまで徹底的に対策したうえで、授業の再開や合宿の実施を決断したのです。
武見そこまでやってもらえれば安心して子どもを預けられますね。学習塾もコロナ禍の影響を大きく受けた業界のひとつですよね。
河端おっしゃる通りです。学習塾業界は上場企業が15社ほどあるのですが、どこも軒並み2桁億円規模の赤字を4月から6月の3カ月で出しました。新しい生徒が入って来ず、入って来ても授業ができない状況でしたから。ただありがたいことに我々は1%程度の売上減で収まり、大きな影響を受けずに済みました。
武見それは何か理由があったのですか。
河端まずは通塾ができなくなった時点で、いち早くオンラインによる映像授業を取り入れました。さらに撮影した映像授業を配信する形とライブで授業を行う形の2パターン用意したところ、保護者の方々にもご支持をいただけたのです。映像授業への切り替えを即断即決できたことが他との差になったと思われます。また先程お伝えした通り、万全の感染対策の上で夏期合宿を行ったところ、例年を上回る申し込みがありました。これには私自身驚かされました。
武見どの企業も河端先生のところのように上手く対応できれば良いのですが、日本経済の状況を眺めてみても楽観視はできません。このコロナ禍が収束するのが延びれば延びるほど、経済に及ぼす影響がどのようなものになるのか大変危惧しております。経済の停滞があまりにも続けば大企業であっても心配ですからね。
感染症対策にかかわる「縦割り行政」の裏側
河端菅首相が打ち出した「縦割り行政の打破」についてですが、やはりそうした弊害が、政府のコロナ対策にも影響することがあるのですか。
武見そうですね。例えば国民が安心して経済活動に従事できるようPCR検査を大々的にやりましょうと言った場合、厚生労働省は「健康にかかわることでPCR検査を行うのなら厚労省の役割だが、経済活動を活性化させるためのPCR検査はうちの範疇ではない。むしろ経済産業省では?」と言うのです。そして一方の経済産業省は「我々にはそんな知見はありません」と一言。
河端それは困ったものですね。
武見もう少し具体的な例もお話ししましょうか。新宿区に国立感染症研究所という施設があり、そこでは感染症そのものに関する研究、いわゆる疫学的研究調査を行っています。そして一方、道路を挟んだ向かい側に国立国際医療研究センターがあります。昔の海軍病院ですが、ここが今回の感染症の臨床研究の拠点とも呼べる機関で、病原体が人間に及ぼす影響を実際の症状から臨床的に研究するのが役割です。今回の未知なるウイルスが感染拡大した状況においては、こうした疫学的研究調査と臨床研究が連携する必要がありました。ところが感染症研究所と国際医療研究センターは全く連携がなかったのです。
河端同じ国立の組織で、しかも道路を挟んで隣接する位置関係にありながらですか。縦割りの実態がここまでとは驚きです。
武見世間に目を向ければ、どの国も今回のコロナ禍の経験を生かして、疫学的な研究調査と臨床研究とを連携させた新しい仕組みを作り、新興感染症に早急に対応できる体制を整えています。例えば韓国などは政府の研究組織を改革し、疫学調査と臨床研究を連携させるための「感染症庁」という新しい庁まで作りました。
河端日本ではなかなかそういう動きにならないのですか。
武見実はそうした取り組みを早くやるべきだと、私も4月頃から何度も言い続けてきたのですが、役人はコロナ禍が収束するまで待ってくれと、なかなか受け入れませんでした。どうも役所がコロナ対策本部の会議等で話される見通しは、ものすごく楽観的に聞こえるのです。ある程度長期化することがわかっているのに収束するのを待っていては、国民の不安は解消できませんし、経済活動にも悪影響を及ぼすことが目に見えています。
河端やはり国立の組織だけに簡単に変えるのは難しいのでしょうね。
武見例えば感染症研究所は国家公務員法にも、行政組織法にも縛られており、予算も単年度主義。新しい研究分野を作って組織を変えようなどとなれば、いちいち全てのことを法律に則って手続きし直さなければなりません。とはいえ、コロナ対策に見通しを立てて国民に安心感を与えることは何よりも大切です。その意味で中長期的な制度改革や法改正についてもきちんと議論すべきだと私は言い続けました。そして7月になってようやく私の思いが受け入れられ、自民党の中に「感染症対策ガバナンス小委員会」が設置されたのです。言い出しっぺの私が委員長を務めることになりましたが、9月上旬には早速提言を取りまとめました。
河端提言にはどのような内容を盛り込まれたのですか。
武見先程の感染症研究所と国際医療研究センターの2つを母体として「健康危機管理機構」という新しい組織を作り、その中に危機管理のための研究開発センターとなる「危機管理センター」を設置すべきではないかと。危機管理センターは各都道府県をつなぎ、コロナだけでなく、これからの新たな感染症にも対応できる組織でなければなりません。
河端なるほど。これまで日本の弱かった部分を補うわけですね。
武見国を動かすのは簡単ではありませんが、内閣も新しくなりましたし、前向きに検討していただけることを期待したいと思います。
国が国民の健康情報を一元管理するための障壁
河端先程の「危機管理センター」のような施設を新しく設置するとなると、何か障害になることはあるのですか。
武見縦割りの問題、法律上の問題、情報システムの問題など、課題は山積みです。特に我が国の複雑な縦割り行政の弊害によって、このままではがんじがらめになってしまいます。
河端ここにも縦割り行政の弊害ですか。
武見国立の感染症研究所に対して、各地方自治体には首長に属する地方衛生研究所があり、そこが疫学調査やPCR検査を行っています。またその他に保健所があるわけですが、実は保健所も都道府県の首長に属するところ、政令指定都市に属するところ、東京のように23区に属するところと3系統の保健所があるのです。
河端地域によって保健所の”親分”が異なるわけですね。
武見東京都を例にすると、23区に属している保健所と、多摩地区だと八王子市と町田市は政令指定都市に属している保健所、他の多摩地区は東京都が直轄している保健所になります。それぞれ違った上層部を持つ保健所は、それぞれ別々にPCR検査を行い、その情報を直属の組織に上げるのが通常です。それが今回は特別措置法を使いました。特措法に基づくと都道府県の首長である知事に情報を上げなければなりません。ところが法律がそうであっても普段と違う体制にはなかなか順応できないのが実情です。スムーズに知事に情報が上がるようになるまでに時間がかかってしまいました。
河端そういえば情報伝達の件でFAXがどうとかニュースになっていましたね。
武見まさにそれです。FAXなんです。医師や病院から保健所へ届いた陽性者の情報はFAXで都に送られます。東京都庁には2台のFAXがあり、AM9時までに届いたFAXの枚数を数えて感染者数を把握していたのですが、保健所からのFAXは必ずしも前日のものだけではなく、中には2、3日前のものも混ざっていて混乱をきたしたわけです。主要先進国でこれだけ情報システムが時代遅れなのは日本ぐらいだと思いますよ。
河端教育業界でもオンライン授業に対応できない学校の状況など、世間から大きく遅れている日本のデジタル化の実情が話題になりました。本当に早急に手を打たなければ、日本は本当の意味での先進国ではなくなってしまいそうです。
武見河端真一 × 武見 敬三新型コロナウイルス感染者等の情報に関しては、ようやく7月頃にHER-SYS(ハーシス)と呼ばれる情報システムを作って一元管理することで一旦格好がつきました。ところがそれも一筋縄では行かなかったのです。保健所を持つ地方自治体が115あり、その全てが参加することになったのですが、いざ国がデータベースに基づいてルールを作り、「これでやってください」と提示すると、東京と大阪が「既に独自でデータベースを作って運用しているので、内容を合わせてほしい」と言い出しました。国の質問項目と東京、大阪の質問項目をどう解釈して揃えるかなどの再調整が必要となり、ここでまた時間を要したのです。
河端大変なご苦労があったのですね。
武見いえ、まだ問題は続くのです。個人情報保護法に基づいて、全国の市町村にもそれぞれ個人情報保護条例があるわけですが、そうすると健康情報は、最もプライバシーに密接にかかわる情報と位置付けられ、第三者が使用することは禁じられています。たとえ国であっても第三者である以上、情報を取り扱うことはできません。そこで各地方自治体に個人情報保護条例を修正してもらい、115自治体の情報を国が集めて一元管理することを認めていただきました。ここまでやって、ようやく一件落着です。
日本のポストコロナはワクチンの開発次第
河端ポストコロナともアフターコロナとも呼ばれる時代ですが、日本はどのようになっていくのでしょうか。
武見若い人にとっては普通の風邪ぐらいの感覚になっていくと思いますが、やはり高齢者や既往症のある方は深刻な容態になる可能性もあり油断はできません。感染症患者に行動制限を伴う措置をかける「指定感染症」が、新型コロナウイルスからなかなか外せない理由も、高齢者と既往症の方の心配を想定しているからです。それでも今後は亡くなる方の数を抑えることもできるはずですし、少しずつでも収束の方向には向かっていくのではないでしょうか。
河端良い方向に向かうことを期待しても大丈夫ですか。
武見私はそう見ています。安倍元首相が最後の会見で、PCR検査を何十万人規模に広げて陽性者を大量に出したとしても病院に入院する必要はなく、自宅やホテルなどで静養できるようにするとおっしゃっていました。つまりは感染者の増加が医療機関の崩壊に直結しないように制度を作り変えたわけです。
河端徐々に新型コロナウイルスも通常のインフルエンザと同じような位置づけにはなっていくのでしょうね。ただ本当に安心できるのは、やはりワクチンが完成してからだと思われます。森下教授も頑張っておられますが、ワクチンに関する現状はいかがでしょうか。
武見河端真一 × 武見 敬三海外の製薬会社が少し先行しており、日本とも契約を交わしたイギリスのアストラゼネカとアメリカのファイザー製のワクチンは、早ければ年末から年明け辺りには予防接種が実施される国も出てくるようです。
河端アストラゼネカのワクチンに副作用の疑いがあって、治験が一時ストップしたと報道されていましたが、日本に届く頃には大丈夫なのでしょうか。
武見大丈夫であってもらわないと困りますし、また国民の3割から4割がワクチンを打つことで集団免疫の効果が期待できるそうなので、多くの国民の方にワクチンを打っていただく必要もあります。実は総裁選の決起集会の会場で、近くに居合わせた下村博文新政調会長と西村康稔経済再生担当大臣と3人でワクチンについて話していたのですが、1人でも多くの方に接種していただくためにも、国はワクチンを無料にするべきだと、意見が一致しました。最終的にどうなるのかは、もちろんこれからのことではありますが。
河端ワクチンが無料になるのは喜ばしいことです。ただ副作用は、やはり不安です。しかもアストラゼネカは副作用の責任を一切負わないことを契約の条件にしているとも聞きました。
武見通常ではありえない条件です。ただし、現在はどの国もコロナ対策、とりわけワクチンの確保は最重要課題となっています。隣国でワクチンが投与されているのに、自分の国にはワクチンがないとなれば、その国の指導者は信頼を失いかねません。先進国であればなおさらです。あらゆる先進国の指導者たちが、ワクチンの問題が政治化しないようにいち早く調達しようと競っています。そうした足元を見られての交渉であり、今回は条件を飲まざるを得なかったのが実情でしょう。
河端政府にはくれぐれも安全面の確認をしっかりとお願いしたいと思います。
「強い個人」の育成は教育の大きな役割
河端武見先生は、これからの日本に必要なキーワードは何だとお考えですか。
武見これからの日本に最も大切なものは間違いなく「教育」です。子どもたちの成長なくしてこの国に未来はありません。特に私が今の時代に求めたいのが「強い個人」です。今の時期で言えば、自分の意思で3密を回避し、ソーシャルディスタンスもしっかり保てる。国が強制しなくても自らの力で普段から感染対策に対応できる。そうした強い個人が日本に多くいてくれれば、感染拡大防止の面でも心強い存在になってくれます。一人でも多くの強い個人を育成するためにも教育の力が必要なのです。
河端河端真一 × 武見 敬三強い個人ですか。言い換えれば自分の頭で考え、自分の意思で行動できる人材でしょうか。自ら判断するためには正しい知識や情報を身につけることが必要です。例えばコロナの問題にしても「正しく恐れる」とよく言いますが、ただ恐い恐いと逃げているだけでは前に進めません。何が恐くて、何が大丈夫なのか、そうした物事の本質を見極めることが重要です。子どもたちにそうした考え方を身につけさせるのは、確かに教育の大きな使命だと思います。
武見先程、国のデジタル化を進めて情報を一元管理する話をしましたが、こうした話が出ると決まって「個人の自由」や「民主主義」が侵されるといった反対意見が出てきます。確かに個人の自由や民主主義は大切です。私もそう思います。ただし個人、日本人一人ひとりが強くなれば、国が情報を管理しようが、デジタル化が急激に進もうが関係ありません。しっかり自分自身で選んだ道を進んでいけるのです。
河端もう世の中がコロナ以前の状態に戻ることはないでしょう。誰もが新しい時代を生きていくことになります。そんな時代を力強く自分の力で歩いて行ける子どもたちを育てるために、我々も微力ながら尽力してまいりたいと思います。では最後に読者の方々に一言お願いします。
武見河端真一 × 武見 敬三国民のみなさんが安心して日常生活を過ごせるようにするため、国の責任は本当に重いと受け止めています。経済活動もさらに活性化させて行かねばなりません。そして私のポリシーである「何歳になっても安心して暮らせる、活力ある健康長寿都市”東京”」の実現も目指してまいる所存です。これからも国民のため、都民のために精一杯頑張ってまいります。どうぞよろしくお願いいたします。
河端興味深いお話をたくさん聞かせていただき、本当にありがとうございました。
武見こちらこそありがとうございました。
(対談日2020年9月15日)
武見 敬三(たけみ けいぞう)
1951年東京都生まれ。父は日本医師会会長、世界医師会会長を歴任した武見太郎氏。自民党所属参議院議員(現職・選)。慶應義塾大学大学院政治学専攻修士課程修了。東海大学教授、テレビ朝日「モーニングショー」メインキャスター、ハーバード大学での研究を経て、参議院議員に。保健医療から海洋、国際援助など幅広い知見で、党・派閥を超えて各立法に貢献。厚生労働副大臣、外務政務次官、参議院外交防衛委員長などを歴任。現在は自民党国際保健戦略特別委員会委員長、新型コロナウイルス関連肺炎対策本部顧問、感染症対策ガバナンス小委員会委員長、世界保健機関(WHO)UHC担当親善大使などを務める。
河端真一 × 山口真由
コロナ禍で借金拡大。日本が会社なら倒産?
河端テレビなど様々なメディアでマルチに活躍されている山口さんに、今日は幅広いテーマについてお話を伺いたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
山口よろしくお願いいたします。
河端まずは財務省にお勤めされていた経歴もお持ちですので、社会経済学的な観点からコロナ禍の日本の現状についてお聞きしたいと思います。日本の今年度予算はコロナ対策のための2度の補正予算を含めて約160兆円が組まれました。そこには多くの赤字国債も含まれますが、既に1000兆円もの財務残高、いわわる借金を抱える日本の財政の現状についてどうお考えですか。
山口このコロナ禍においては、ある程度の財政支出は仕方ないですし、やるべきだと思います。今、世界では、経済がV字回復している国とそうでない国の明暗が分かれていますが、順調に回復しているドイツ、韓国、中国などはコロナ対策として積極的に国債を発行した成果が見られる国です。特にドイツは財政健全路線を封印してまでも新規国際を発行しました。日本経済回復の成否が本当に見えてくるのはこれからかもしれませんが、赤字国債とはいえ財源の確保は必要だと思います。
河端ただその一方で、次の世代である今の子どもたちが、その負債を背負っていくことになります。
山口コロナ禍の収束後は、国の借金が増え続けている現状を何とか改善し、徐々にでも借金を返済していける体制にする必要があります。プライマリーバランスの黒字化ですね。
河端政府は2025年度の黒字化を目指すと言っていましたが、先日内閣府から2029年度にずれ込むとの発表がありました。もはやプライマリーバランスの黒字化は難しいのではないかと思ってしまいます。
山口高齢社会を迎えた日本で、今の医療サービスなどを維持していくには、現実的にかなり困難なのは確かです。少子化によって人口も現象傾向にありますし。
河端何か思い切った起爆剤となる政策が必要なのでしょうね。
山口世界的な視野で見れば、大幅な移民の受け入れなども考えられます。でも日本ではなかなか受け入れられづらいのが現状です。
河端確かに人口減少の歯止めとなるほどの大規模な移民受け入れは難しそうですね。ところで、現在の世界の状況を見てみると、4月から6月にかけて日本のGDPは28%ほど落ち込んでいますが、アメリカでは30%以上、ユーロ圏も約40%の落ち込みとなっています。これを経営者の立場で眺めますと、各国を会社に置き換えれば全て倒産です。それほどの緊急事態です。それでも日本で街を歩く人は1年前と同じような様子に見えます。少し危機感が薄いのかなと感じることもあるのですが。
山口特に日本は、国の政策と国民の日常生活との間に、少し距離感があるように感じます。コロナの問題だけではなく、例えば「消費税が上がるのは嫌」でも「社会保険のレベルが下がるのは困る」と主張される方も多い。恐らく国が破綻してしまうなんてことを誰も考えていないのでしょう。
河端社会全体に危機感がないのかもしれません。
山口ただそうした国の現状は、しっかりとメッセージとして発信し続けなければなりません。日本の国債がこれからもずっと償還できるとは限らないのです。突然ヨーロッパ市場で大暴落が起こったらどうなるのか、金利が突然想定外の跳ね上がりを見せたらどうなるのか、恐らく誰も気にしていませんよね。
河端おっしゃる通りです。
山口先日、財務省の方が本当に悔しがっていました。コロナに関する潜在的な危機には誰もが耳を傾けるのに、財政に関する潜在的な危機については誰も話を聞いてくれないと。
河端これまで国債を大量に発行してきたこともあり、今まで大丈夫だったから、これからも大丈夫に違いないと考えてしまうのかもしれないですね。
山口そうですね。1000兆円も借金があるなら、200兆円ぐらい増えても同じだと。
河端でもどこかでナイアガラの滝のような急激な落とし穴が待っているかもしれません。ただし、それに気づいたときには既に手遅れなのです。
山口コロナがきっかけでも良いので、国の財政について、もっと多くの人に関心を持っていただきたいです。
デジタル敗戦国の未来の可能性
河端今回のコロナ禍で浮彫りになったのが「デジタル敗戦国」と揶揄される日本のデジタルに関する脆弱さです。コロナ感染者数の報告も病院から保健所へ、保健所から東京都へ、すべてFAXで行われていたことも明らかになりました。日本人は自国を先進国だと思っていましたが、デジタル分野においては世界から一歩も二歩も遅れていたのです。
山口日本のデジタル化への第一歩は、不合理な紙文化を排除することから始めるべきだと思います。
河端その最たるものが「ハンコ」です。弊社では「許可する、しない」ことについての上司の判断が緊急に必要な場合は、LINEを使用することがあります。LINEは発信者も特定できますし、前後の文脈もしっかり残ります。ハンコを押すより断然証明力が高いと思います。
山口ハンコを押したかどうかが問題ではなく、大切なのは、誰が・いつ・何を・承認したのかです。ハンコを押すだけなら簡単に不正もできますし、その点でもLINEでのやりとりは、とても合理的だと思います。あの財務省の森友問題の書類にもハンコがいくつも押されていました。でも結局は誰も中身を把握していなかったし、誰も責任を取りたくなかった。ハンコ文化の弊害のひとつだったのかもしれません。
河端また、コロナ禍以前はほとんど改革が進んでいなかった教育業界のオンライン授業や、医療業界のオンライン診療なども、このコロナ禍で一気に広がりました。とはいえ、それをやるにしてもアメリカのZoomをはじめ、結局は他の国が作ったソフトやアプリに頼るしかありません。GAFA(ガーファ:グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)を見ても分かるように、日本の国際競争力はないに等しいのです。
山口あらゆる分野で規制改革が遅れていますね。デジタルによる交通システムの統一化もかなり以前から取り組まれていますが、未だに進んでいません。
河端先日、弊社の内定式で話したことですが、オンライン飲み会が流行っている一方で、やってみても面白くないという人が結構います。しかし例えば19世紀に車が発明されたとき、多くの人が馬車の方が快適だと感じていたはずです。それが今や馬車など世界中を見渡しても走っていません。時代はこれから大きく変わります。面白い、面白くないではなく、オンライン飲み会が当たり前の時代になるのもすぐかもしれません。そのときに柔軟に対応して楽しめなければ時代についていけないのです。
山口河端真一 × 山口真由1年前はテレワークという言葉さえ知らない人がほとんどでした。オンラインの生活が当たり前になる可能性は大いにあると思います。もしオンラインが日常になれば、必須となるのが英語力です。日本にいながら海外とつながって仕事をすることが普通になるわけですから。英語力があれば、英語圏はもちろん、インドやヨーロッパでも仕事ができます。日本人にも英語力が問われる世の中がすぐそこまで来ているのです。
河端今の子どもたちが社会に出る頃は、世の中のデジタル化やオンライン化がさらに進んでコミュニケーションの形も変わっているのでしょうね。
山口子どもたちが大好きなテレビゲームも、昔は家のテレビ画面につなげて部屋の中だけで遊ぶものでしたが、今は小型化が進み外に持ち出して、しかもオンラインでいろいろな人とつながって遊べるようになっています。対戦相手はインドの人かもしれないし、スリランカの人かもしれません。そんな世界が既に身近なところで現実になっています。リアルは限られた世界ですが、オンラインは無限に広がる世界。そういう意味ではこれからの子どもたちには様々な可能性があると言えます。
河端確かにeスポーツのような分野も広がっています。eスポーツで何十億円も稼ぐプロ選手もいますから、これからはオンラインの世界でも社会的な新しい道が次々と拓かれていくのかもしれません。
アメリカと日本の違いは自己主張と金銭教育
河端アメリカをよくご存じの山口さんが感じる、日本とアメリカとの大きな違いは何ですか。
山口河端真一 × 山口真由特に教育面で違いを感じます。例えば日本の大学で授業中に手を挙げて発言する人はほとんどいません。私もその一人でした。答えが分かっていても手は挙げず、先生に当てられたときはサラッと正解を答える。むしろこのスタイルが美しいとさえ考えていました。ところがアメリカでそれをやると「この人は何も考えていない」と思われてしまいます。そのことを知ってからは周りに負けじと何度も手を挙げて、同時に何度も失敗をしました。それでも失敗を恥ずかしいと思わないのもアメリカらしさ。結果も大切ですが、何よりチャレンジする精神が必要だと学びました。
河端とにかくアメリカは自己主張の国ですからね。「将来CEOになりたい人?」と質問されると全員がハイと手を挙げます。挙げていないのは日本人だけ。
山口「リーダーになりたい人?」と聞かれても全員が手を挙げます。これではアメリカはリーダーだらけになるぞと思いましたが、それが文化なのです。
河端日本は以心伝心の文化と言いますか、他の人とどれだけ協調できるかが尊いとされますが、アメリカは子どもの頃から、何か他の人とは違う秀でた点を磨くことが問われます。
山口アメリカの個人を重視する教育はとにかく徹底していて、全体の教育システムは多少効率が悪くても、その中の誰か一人が巨大なイノベーションを起こせば良いとの考え方です。
河端実にアメリカらしいです。
山口それと日本人は他人と意見をぶつけ合うことが苦手です。自分の思いをはっきり伝えられない人もそうですが、逆に自分の意見を通そうとする人は他人の話を聞かずに一方的に強く言い放ちがちです。アメリカでは必ずどのような意見でも一旦は受け止めます。そのうえで異議があれば議論するのです。意見は衝突するけれど、相手のことは人として尊重している。そういったバランス感覚に優れていると思います。
河端確かに喧嘩になりそうな手前でサッと避けるような術を身につけていますよね。
山口もうひとつアメリカと日本の大きな違いは、日本の家庭はお金に関する教育を子どもにしないことです。教えないというよりタブー視している感じもします。子どもはお金の心配をしないでも良いと。私も親からお金の話をされた記憶がほとんどありません。
河端そういう部分は確かにあるでしょうね。
山口アメリカではお金を儲ける人がヒーロー。ある意味でトランプさんもそうです。
河端アメリカの子どもは小さい頃から例えば庭の芝刈を手伝って対価としてお小遣いをもらう。そうしたお金を稼ぐシステムをしっかりと叩き込まれます。
山口アメリカの友人に聞いたのですが、自分の子どもにお小遣いをあげるとき、毎回3分割して渡すそうです。「好きなことに使う分」「自分が価値あると思うものに投資する分」「貯金する分」です。浪費と投資の違いなんて日本の子どもは恐らく考えていないでしょう。
河端お金を稼ぐことは大変なことですから、しっかりしたお金の価値観を子どもの頃から身につけることができれば、それが生きる力にもつながります。そうした感覚は大人になってからも生きてくるはずです。
日本の英語教育の大きな課題点
河端大学入試の英語に4技能を取り入れようとの動きがあります。従来の「読む・書く」に「聞く・話す」の要素を加えるというものです。今は一頓挫していますが、私はもともと必要なのかと疑問に思っていました。
山口疑問に思われた理由は何ですか。
河端日本の英語教育は明治以来、「読む・書く」が中心でした。最高学府である大学で学ぶ学生も論文を読んだり、あるいは書いたりすることが本分。まずは英語を読む力と書く力が備わっていれば十分だと思うのです。それと視点を変えれば、「聞く・話す」は、アメリカでは5歳の子どもでもできます。グローバルに物事を考えたとき、5歳の子どもができることを、わざわざ大学に行く人材に求めるのかということです。
山口私もアメリカで法律を学びましたが、確かに話せなくても大きな問題はなかったように思います。その論文をきっちりと読んで、それに対して書くことができれば、学習面は大丈夫でした。アカデミックな人間を育てるのであれば、「読む・書く」だけで十分な気がします。
河端結果的にこれまでの日本の英語教育は間違っていなかったと思います。東大の英語の質も50年前とほとんど変わりません。30年前、40年前の入試問題も教材としてそのまま使えるほどです。それは東大が持つ、ひとつの見識にほかなりません。
山口なるほど。その一方で海外で生活したり、働いたりする際は当然「聞く・話す」も必要になってきますよね。
河端日本で最も日本語が上手い外国人は相撲取りです。みんな流暢な日本語を話します。しかし彼らは相撲の稽古はしますが、日本語学校には通っていません。話せるようになったのは日本の生活や文化に慣れたからです。日本から海外に赴任される人も同じで、大卒のビジネスマンなら一定の文法英語は身についているわけですから、特別に英会話を勉強しなくても、1年も現地で生活すれば、それなりの論理的な会話はできるようになるはずです。
山口「習うより慣れろ」ですね。
河端日本人は日本にいる限りは英語力がなくても生きていけます。逆に英会話を習っても使う場面がないのですぐに忘れてしまうのです。しかし母語でなくても英語を使わないと生活していけない国はたくさん存在しており、そういった国の人たちと伍して競争しても日本に勝ち目はないのかもしれません。
山口日本の英語教育で問題があるとすれば、「英語を学ぶ」という考え方自体ではないでしょうか。「英語で学ぶ」と考えれば、自分が好きな分野を英語を使って理解することで、視野が一気に広がり、より楽しくなると思います。どうしても学びたいことや、伝えたいことなど、自分にとって大切なことを見つけて英語でアプローチしてみるのも良いかもしれません。以前、柔道の日本代表選手が、柔道のルールを決める国際会議に出席した際に、周りから尊敬はされたけれども、どんどん日本が不利なルールが決まっていくのを眺めているだけだったという話を聞いたことがあります。せめて柔道における日本古来の精神や譲れないことは英語で表現してもらいたかったです。
日本の子どもは周りから守られすぎ?
河端アメリカと中国との微妙な関係性が続いていますが、その点についてはどう見ていますか。
山口この両国との経済的関係は日本にとってかなり重要です。アメリカはもちろんですが、既に中国に依存している比率もかなり高くなっています。どちらを取るではなく、どちらとも良好に進めないと、仮に片方との関係が崩れることにでもなれば、恐らく潰れる会社も出てくるはずです。
河端今はもしかするとアメリカよりも中国の方が重要かもしれませんね。
山口そうかもしれません。コロナ禍での経済成長も中国はプラスに転じたのに対し、アメリカは依然大幅なマイナスで苦戦しています。それに2025年には経済規模でも中国がアメリカを逆転するとも言われています。
河端河端真一 × 山口真由enaの校舎がアメリカにも中国にもあるので、コロナの感染が広がる前は現地にも行きましたが、特に中国は活気がありました。私の個人的な感覚ですが、もう日本は中国に敵わないかもと思えたほどです。子どもも必死で勉強しますが、大人たちも生きることに必死です。貧富の差が激しいこともあるのでしょうが、誰もが仕事に前向きで喜んで働きます。また若者も会社を移ることに何の抵抗もなく、自分を少しでも高く評価してくれて成長できる環境であれば躊躇なく転職します。こうした個々のエネルギーが国全体の経済発展にもつながっているのだと感じました。
山口中国は日本やアメリカ以上に合理的で効率的な教育体制を構築しています。向上心の高さは日本人も見習う点が多いと思います。
河端日本に話を戻しますと、実は都内のena各校舎にも外国籍の生徒が多く通ってくれています。その多くは中国、韓国、台湾の生徒たちです。授業は当然すべて日本語で、難関都立中の作文対策もしっかり受けています。教室にいても他の生徒たちも含めて違和感はありません。彼らは成績も優秀ですが、何より意欲が素晴らしく高いです。塾に通う目的を生徒も保護者の方もダイレクトに理解されているのでしょう。日本の生徒たちも良い意味で刺激を受けているようです。
山口日本の子どもは少し恵まれ過ぎているのかもしれません。子どもたちを家庭も学校も国も守ってくれます。ただ過保護になり過ぎて、むしろ様々なチャレンジの機会を失っている部分もあると思うのです。
河端格差をなくすべきとの議論がありますが、競争社会で格差が生まれることは、ある意味仕方のないことです。少し極端な例になりますが、貧しい国の孤児は否応なしに一人で生きて行かなければならず、自然と忍耐力や克己心が強くなります。今の日本の子どもたちは将来そうした人たちとも競争しなければなりません。教育が果たすべき役割は大きく、我々もあらためて身が引き締まります。
山口河端真一 × 山口真由時にハングリー精神は大きなパワーを生み出しますからね。思えば日本は子どもだけでなく、大人も組織に守られている部分があります。緊急事態宣言が解除された際、アメリカに住む友人に「ようやく日本は自粛する必要がなくなった」と伝えると、「自粛ってあなた自身が決めることでしょう。どうして政府が決めるの?」と驚かれました。日本国民は個々が「自立」することが必要なのかもしれません。
河端今日は様々なお話が聞けて非常に楽しかったです。ありがとうございました。
山口こちらこそ、ありがとうございました。
(対談日2020年9月28日)
山口 真由(やまぐち まゆ)
1983年北海道札幌市生まれ。2002年東京大学教養学部文科一類(法学部)入学、3年次に司法試験合格。2006年財務省に入省し、主税局に配属。2008年に依願退官後、法律事務所勤務を経て、2015年から2016年までハーバード大学ロースクールに留学。2017年ニューヨーク州弁護士登録。帰国後、東京大学大学院博士課程 法学政治学研究科 総合法政専攻に在籍、2020年修了。博士(法学)に。同年春から信州大学先鋭領域融合研究群社会基盤研究所 特任准教授に就任。現在はテレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。オンラインサロン「真由’s ミーティング」も人気を博している。